明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『闇のうつつ』 須藤南翠

 

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 1913年(大2)樋口隆文館刊。上下2巻。作者の須藤南翠は幸田露伴森鷗外に少し先んじた屈指の文筆家だったのだが、文学史上ではかすかな痕跡しか残っていないのが不思議だ。物語は明治後期の日露戦争直前の東京で、旧士族の家に後妻の連れ子として入ったヒロイン操の結婚話をめぐる恋愛模様が描かれている。純文学作品か中間小説かに仕分けるのは無意味な気がする。文体は漢文調ではあるが、丁寧でしっかりしている。特に情景描写は第一級で、その筆力には唸らされる。ちょっとした仕草から見える思わせぶりや感情の機微を巧みに描いているが、煮え切らない感情が堂々巡りをしているのは実にじれったい。日露戦争での提灯行列や戦傷者の帰還をねぎらう駅頭の大群衆の様子など、あまり知り得なかった時代風景は貴重。☆☆☆

国会図書館デジタル・コレクションで閲覧。西岡真一口絵。

 

※文節抜粋:下巻P22

 《朝の新緑には、花にも月にも見ることの能ぬ清韻があって、濃淡錯落たる翠波をわたる好風に、そよりと面を撫でふれては(- - -)飽まで世の外なる清涼の快味を貪り得るのである。》

 

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