明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

2022-01-01から1ヶ月間の記事一覧

『悪人手形帳』 松居松葉

1919年(大8)玄文社刊。一言で言えば「仙台の半七捕物帳」。作者の松居松葉(まつい・しょうよう)は本来劇作家だが、洋行して英仏独の語学にも長け、翻訳にも取り組み、小説も書いた。ほぼ同年代の岡本綺堂が同じ劇作家ながら書いた「半七」の成功に刺激を…

『有馬猫騒動』 伊東陵潮

1899年(明32)盛陽堂刊。講談師・伊東陵潮(りょうちょう)の口演を速記したいわゆる講談本。上下2巻で読み応えがあった。所謂化け猫の怪談話の一つである。九州久留米藩の有馬氏の江戸屋敷で、狂犬に追われた猫を助けた腰元お滝が当主の側室に召し上げら…

『乳姉妹』 菊池幽芳

1904年(明37)春陽堂刊。上下2巻。菊池幽芳は明治大正期の家庭小説のジャンルを確立した人気作家の一人だった。乳姉妹とはある事情で乳母に預けられて育った女の子のことで、一方は富裕なお屋敷の令嬢、もう一人は平民の実娘となるケースが多い。この小説…

『女優 菊園露子』 三宅青軒(緑旋風)

1911年(明44)三芳屋書店刊。前後2巻のやや長編。筋の進行、展開ともに新聞の連載小説風に出来ている。ヒロイン菊園露子は劇団女優の花形だが、その出生に秘密がある。伯爵家の庇護の下に演舞をはじめ諸芸全般を極め、護身術も備えた絶世の美女という設定…

『怪物屋敷』 稲岡奴之助

1901年(明34)青木嵩山堂刊。現代でも空き家問題とか事故物件とか、不動産を巡る雑話は尽きないが、明治時代にもそうした話は少なくなかったようだ。親の遺産で何不自由なく暮らしている偏屈者の青年医者が語る一種の怪談仕立ての話。大阪府の高槻の町外れ…

『大悪僧』 橋本埋木庵

1896年(明29)大川屋書店刊。維新を挟んだ安政から明治までの物語。明治維新といっても何もかもが一変したわけでなく、人々の暮らしは江戸時代の生活習慣をそのまま継続していた。価値観もそれほど変わっていなかったように思える。母と妻を惨殺された武士…

『明治の探偵小説』 伊藤秀雄

結局、この一冊が明治時代の小説群への没入の道しるべとなった。漱石、鷗外、藤村をはじめ、露伴、独歩、蘆花、鏡花などの堅苦しい明治の文豪たちを長い間、敬して遠ざけてきたが、唯一、黒岩涙香の探偵小説だけはなんとか読めそうで親しめそうな書物に思え…

『新女夫塚』 安岡夢郷

(しんめおとづか)1925年(大14)樋口隆文館刊。作者の安岡夢郷(むきょう)は講談師出身を思わせる語り口で文体がなめらかで読みやすい。時は元禄時代、大阪、難波新地の芸者お艶が質屋の御曹司を見染めたことが発端で、身勝手にも和歌山の在に駆け落ちす…

『何』 武田仰天子

1901年(明34)青山嵩山堂刊。武田仰天子(たけだ・ぎょうてんし)は新聞記者兼作家だった。珍しい一文字のタイトル。これだけでも読んでみようかなという気になる。まだ江戸時代の雰囲気の残る明治初期の話。浅草の古刹の敷地内の貸家をめぐって、消えた死…

『怨之片袖』 柳川春葉(柳川子)

(うらみのかたそで)1893年(明26)春陽堂が出していた袖珍探偵文庫シリーズの第12集。探偵小説が盛んに読まれていた時期に、力量のある硯友社の作家たちに文学的香りのする探偵小説を匿名で書いてもらうことを持ちかけたのが成功し、大いに売上を伸ばした…

『女賊三人』 鹿島桜巷

1915年(大4)樋口隆文館刊。前後2巻。立て続けに鹿島桜巷を読むことになった。泥鼈(スッポン)のお仙、児雷也阿国、萬引お豊の三人の女賊のオムニバス風物語。一見美人の若妻でスリに見えないお仙は、大阪で相手の鞄に入っていた泥鼈に左小指を食いちぎら…

『乳守のお仙』 如鬼坊(中村兵衛)

1912年(大1)樋口隆文館刊。先日読んだ「鱗與之助」の続編になる。乳守(ちもり)とは地名で、大阪府堺市の昔遊郭があった一画を指す。その街道沿いの馬喰の娘お仙がタイトル名となっている。與之助の波乱万丈の物語が続く。彼は時化の海から廻船明神丸に…

『夜の蜘蛛』 江見水蔭

1926年(大15)樋口隆文館刊。三分冊のものを10日ほどで読んだ。江見水蔭は明治大正期の流行作家で、文学史上は無名だが当時は人気があったようで数多くの作品が出版されていた。速い場面展開と軽いタッチで、文体も現在の書き言葉とほぼ同じになっていて…

『恋の敗者』 鹿島桜巷

1914年(大3)樋口隆文館刊。前後2巻。作者の鹿島桜巷(おうこう)についてはなぜか文学関係の事典などで触れられず、その業績についても明らかにされていない。茨城県の鹿島神宮の宮司の三男として生まれ、地元紙を経て、報知新聞の記者の傍ら小説を書き…

『鱗 與之助』 如鬼坊(中村兵衛)

(うろこ・よのすけ)1912年(大1)樋口隆文館刊。作者の如鬼坊(中村兵衛)は当時の神戸又新日報の記者だったというが、生没年他もほとんど不詳。下総・印旛村の庄屋の息子與之介が印旛沼の主とされた大鯉の助命を願ったため、神通力(透視力)を授かり、…

『土曜日の夜』 モーリス・ルブラン 清風草堂主人 訳

1913年(大2)刊。磯部甲陽堂ミステリー叢書3。「ルパン対ホームズ」の2つ目の中篇「ユダヤのランプ」を訳したもの。ただし登場人物は日本人名に直している。ルパンは「有村龍雄」、ホームズは「堀田三郎」、ワトソンは「和田」、ガニマールは「蟹丸」な…

『遠山櫻』(美人の罪) 一筆庵可候

1889年(明22)自由閣刊。当初「やまと新聞」に連載。作者の一筆庵可候(「一筆書こう」から来ているらしい)は黒岩涙香と萬朝報の創刊に協力した。文章の記述は漢文調から抜けきれないが、口語調と混じり合っているので何とか読み続けられた。当時は評判が…

『怪の怪』 渡辺黙禅

1910年(明45)樋口隆文館刊。前後2巻。渡辺黙禅を続けて読むことになった。華族の黒石子爵の屋敷での強盗殺人事件が発端となる。駆けつけた2人の警察官も殉職するという凶悪事件ながら警察の捜査は難航する。跡取息子の游蕩に加え、家宝の工芸品が秘かに…

『女獅子』 渡辺黙禅

1812年(明45)樋口隆文館刊。正編、続編、続々編の全三巻。明治後期の新聞記者が謎のハイカラ女性から話を聞くという体裁の枠物語で始まる。話は一気に、外国船に蹂躙される幕末の対馬の漁村に飛ぶ。作者渡辺黙禅(もくぜん)は当時人気作家の一人とされ、…

『髑髏団』(幽霊屋敷) 小原柳巷

1916年(大5)三芳屋刊。小原栁巷(りゅうこう)は経済雑誌の記者だったが、欧米の冒険小説に着想を得て、自分なりの小説を都新聞に連載したところ、大いに人気を獲得したという。向島の小松島にある旧大名屋敷は大実業家に買取られた後に荒廃し、幽霊屋敷と…

『闇のうつつ』 須藤南翠

1913年(大2)樋口隆文館刊。上下2巻。作者の須藤南翠は幸田露伴や森鷗外に少し先んじた屈指の文筆家だったのだが、文学史上ではかすかな痕跡しか残っていないのが不思議だ。物語は明治後期の日露戦争直前の東京で、旧士族の家に後妻の連れ子として入った…