明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

2022-01-01から1年間の記事一覧

『奇想天外』 篠原嶺葉

1908年(明41)大学館刊。正続2巻。明治後期の新聞小説は、読者の興味を引こうとして題名を奇異なものにすることが流行した。 嵐の夜に渋谷の森の中で一人の代議士がピストルで殺害された。その死体をヒロインが発見するのだが、関係者たちほぼ全員それぞれ…

『白日夢』 北町一郎

1936年(昭11)春秋社刊。作者は昭和初期から戦後期にかけて探偵小説やユーモア小説の分野で活躍した。多弁な語り口が特徴。この作品は関東大震災後の昭和初期、六大学野球のWK戦を背景に立て続けに起きる殺人事件とそれに振り回される関係者の行動ぶりが描…

『瀧夜叉お仙』 島田柳川(美翠) 

1897年(明30)駸々堂刊。探偵文庫第一編。明治25年からの10年間は明治期の探偵小説の一大ブームが到来し、東京の春陽堂、大阪の駸々堂などが「文庫」「叢書」などのシリーズを組んで盛んに出版していた。奇しくも英国でホームズ物が発表された時期に重なる…

『人の罪』 小栗風葉

1919年(大8)新潮社刊。前後2巻。これは本当に埋もれていた佳品だと思った。日本の近代文学に限って使用される「純文学」という概念のラベルを貼るか否かというのは問題にすべきではないと思う。情景描写も丁寧な筆致で、文芸作品としてよく出来ていて、読…

『旅枕からす堂』 山手樹一郎

1957年~1958年(昭32~33)雑誌「読切倶楽部」に連載。 1958年(昭33)桃源社刊。 「からす堂シリーズ」の第4巻。「千人目の春」から続く「新妻道中」の長篇を収める。互いに親しくなって二年以上になるお紺とからす堂だが、観相で千人の人助けをする大願…

『悪魔の恋』 三上於菟吉

(おときち)1922年(大11)聚英閣刊。当時屈指の流行作家とされた三上の初期の頃の長篇小説である。若い男女の逢引きの場面から始まる。青年は富豪の息子、娘は親の金銭の不始末から身売り同然の結婚を迫られていた。息子は彼女を助けるため金策に走るが、…

『深編笠からす堂』 山手樹一郎

1955年~1957年(昭30~32)雑誌「読切倶楽部」に連載。 1957年(昭32)桃源社刊。山手樹一郎自撰集、第12巻 「からす堂シリーズ」の第3巻。「夜桜お千代」、「花曇り村正」、「教祖お照様」の3中篇を収める。 思うにこのシリーズの主人公はからす堂ではな…

『千軒長者』 水谷不倒

1908年(明41)如山堂刊。作者の水谷不倒は本来国文学者として有名で、浄瑠璃研究や江戸文学についての著作集を出している。40代までは大阪朝日新聞社の記者として新聞連載小説を書いていた。「千軒長者」も人形浄瑠璃の外題になっている「山荘大夫」(山…

『お紺からす堂』 山手樹一郎

1953年~1955年(昭28~30)雑誌「読切倶楽部」に連載。 1955年(昭30)桃源社刊。山手樹一郎自撰集、第3巻 「からす堂シリーズ物」の第2巻。「鬼小町」、「死相の殿様」、「比丘尼変化」、「江戸の兇賊」の4中篇を収める。各篇とも雑誌には4回から長く…

『重右衛門の最後』 田山花袋

1908年(明41)如山堂刊。『村の人』という表題の短編集に所収。他に『悲劇?』と『村の話』との3篇から成るが、文学史上も知名度が高い「重右衛門」を初めて読もうと思った。予想通り難解だった。従ってこの1作だけで読了とした。 名前からして鷗外のよう…

『田鶴子』 篠原嶺葉

1909年(明42)如山堂刊。篠原嶺葉(れいよう)は尾崎紅葉の門下生の一人。生没年は不明。この『田鶴子』は恩師紅葉の死の6年後に完成。その霊に捧げられた。ヒロインの田鶴子は20歳の女子大生。母を早くに亡くし、旧軍人の父親と継母とその娘と一緒に暮…

『十六文からす堂』 山手樹一郎

1951年(昭26)文芸図書出版社刊。山手樹一郎長篇傑作集、第2巻 1953年(昭28)雑誌読切倶楽部に連載。 1955年(昭30)桃源社刊。山手樹一郎自撰集、第7巻 雑誌「読切倶楽部」では「からす堂シリーズ物」として当時は大人気を博し、10年以上にわたる連載と…

『人肌千両~黒門町伝七捕物帖』 野村胡堂・他4人の合作

1954年(昭29)東京文芸社刊。1949年に発足した捕物作家クラブの中心にいた野村胡堂、土師清二、城昌幸、佐々木杜太郎、陣出達朗の5人によるリレー形式の合作になる。合作による「伝七」物は新聞や雑誌への連載でしばらく続いたが、1953年から足かけ10年に…

『白菊御殿』 遅塚麗水

1908年(明41)精華堂刊。前後2巻。都新聞に連載。白菊御殿と呼ばれる華族の伯爵家の騒動を描いたものだが、登場人物のどれをとってもピリッとした所のない、生半可な者ばかりなのが他に例を見ないほど印象に残る。中心となる当主の伯爵も本来謹厳なところ…

『丹那殺人事件』 森下雨村

1935年(昭10)柳香書院刊。雨村は「新青年」の編集者でありながら、英米の推理小説の翻訳にも積極的で、ヴァン・ダイン、クロフツ、フレッチャーなどを紹介した。さらに自ら創作にも手を染め、力作を残した。この「丹那」も長篇で、最初は週刊朝日に連載さ…

『清水次郎長』 神田伯山

1924年(大13)武侠社刊。神田伯山の名演とされる筆記本で、当時は3巻で出されていたが、国会図書館のデジタル・コレクションには版元を改善社に変えた2巻目までしか収容されていない。講談は書かれて書物となった途端に文芸となると思う。歴史的に実在し…

『博士邸の怪事件』 浜尾四郎

1931年(昭6)新潮社刊。長篇文庫第20編。浜尾四郎は現職の検事として勤務した後、辞職して弁護士事務所を開設した。作家としては5年余りのみで、39歳で脳溢血で急死した。作風は非常に簡潔かつ明晰で、理知的な筆致で説得性がある。自身の経歴を反映させ…

『美女蝙蝠~黒門町伝七捕物帖』 野村胡堂・他4人の合作

1957年(昭58)雑誌「小説倶楽部」桃園書房発行。新年特大号に掲載。 「伝七捕物帳」は映画化やテレビドラマ化される頻度が高かったせいか、知名度は高い。しかし当初は捕物作家クラブの作家たちによる共同企画で、合作だった。初出は京都新聞での連載だった…

『両国の秋:綺堂読物集』 岡本綺堂

1939年(昭14)春陽堂刊。タイトルの「両国の秋」は綺堂の作品中で情話集に分類される江戸期の男女の情愛のもつれを描いた中篇になる。春陽堂のこの一巻には、他に半七物の最後の四篇と共に半七の外典とされる『白蝶怪』の中篇が併収されていた。 『両国の秋…

『三十九号室の女』 森下雨村

1935年(昭10)朝日新聞社刊。週刊朝日文庫第1輯。昭和初期のレトロ感に満ちた東京の街並みの描写に心温かさを感じる。東京駅で呼び出しを受けた主人公が電話口に出ると先方で女性の叫び声が聞こえ、電話が切れる。発信元は有名ホテルだった。電話が貴重で…

『カートライト事件』 フレッチャー作、森下雨村訳

1928年(昭3)改造社刊。世界大衆文学全集第8巻。森下雨村訳。いわゆる円本時代に各社から出された全集本の一つ。フレッチャー (J.S.Fletcher, 1863-1935) はイギリスの小説家。広範囲なジャンルでの作家活動で知られたが、推理小説がメインであったと思われ…

『白石噺・孝女の仇討』 青龍斎貞峰

1920年(大9)大川屋書店刊。八千代文庫79。江戸時代、仙台藩白石で実際にあった仇討ち話。孝子堂という史跡もある。私事ながら幼少期を過ごしたこの小都市で、見聞きしていた話の詳細をこの年齢になって初めて読んで感動した。農民の父親を武士に斬殺された…

『殺害事件』 丸亭素人・訳

1990年(明23)今古堂刊。原作はエミール・ガボリオ(Emile Gaboriau, 1832-1873) の『オルシヴァルの犯罪』(Le Crime d’Orcival, 1866) というフランスの新聞連載小説である。原作では名探偵のルコックが活躍するが、多湖廉平(たこれんぺい)に置き換えられ…

『大岡政談お富与三郎』 邑井一

1896年(明29)天野高之助刊。同じ版型で1902年(明35)に日本館からも出ている。江戸時代から歌舞伎や絵草紙で何度も取り上げられた話で、明治の講談筆記本でもこの邑井一(むらい・はじめ)の他、松林伯円、玉田玉秀斎、春錦亭柳楼らが競って口演した類書…

『鏡と剣』 江見水蔭

1913年(大2)嵩山堂刊。前後2巻。江見水蔭の作品はこれまで活劇風の軽いノリのものを読んでいたが、これは少々異なった。母を亡くして後、気性の合わない継母との生活に苦しみ、家を出た10代の少年は銚子の漁村に住む乳母の許を頼るが、大人たちの貧しく醜…

『有憂華』 菊池寛

(うゆうげ)1932年(昭7)春陽堂刊、日本小説文庫1。タイトルの意味は「憂いのある花」のようなことで、物語の中心となる三人の女性のそれぞれの愛の不幸をかこつ姿を描く。菊池寛は頭脳明晰な人だったと言うが、感情の起伏や心理の変化を登場人物ごとに巧…

『近代異妖篇』 岡本綺堂

1926年(大15)春陽堂刊、綺堂読物集3、全14篇。「青蛙堂鬼談」の続編と明記している。もしその怪奇談の会がそのまま続いたと考えれば徹夜で語りあったということになるだろう。この作品集は中の一作品「影を踏まれた女」のタイトルをつけて出版されたこと…

『怪談美人の油絵』 松林伯知

1901年(明34)滝川書店刊。松林伯知は泥棒伯円と称された名人松林伯円の弟子で、明治後半から昭和初頭まで講談師として活躍した。高座での口演の外に速記本での出版物も師匠の伯円に匹敵するほど多かった。伝統的な剣豪・合戦物から文明開化後の近代物まで…

『奇美人』 小栗風葉

1901年(明34)青木嵩山堂刊。小栗風葉はかなりの多作家であった。晩年は代作者や翻案も多かったようだが、物語の構成に工夫をこらした、読んで親しみやすい作風だと思う。この作品は彼の20代半ばのもので、当時言文一致体はまだ完全には定着しておらず、…

『野原の怪邸:探奇小説』 鹿島桜巷

1905年(明38)大学館刊。鹿島桜巷(おうこう)の最初期の著作と思われる。地の文は文語体で格調が高い。怪奇小説仕立ての探偵小説。松戸市郊外の河原塚に建つ怪しい邸宅をめぐる探奇譚である。この家に住む叔母夫婦を訪ねて来た書生の主人公は、その家が少…