明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『少年春雄』 十五人合作(瀧澤素水、東草水、渡辺白水など)

少年春雄:十五人合作(瀧澤素水など)

1913年(大2)実業之日本社刊。

 

 実行之日本社は、明治30年創刊の経済雑誌「実業之日本」のほか、女性向けの「婦人世界」、少年向けの「日本少年」、少女向けの「少女の友」などの定期刊行物を出していた。当時は編集に携わる社員も作家として記事や小文、さらには小説も書いていた。その社員作家十五人が書いた『少年春雄』の物語が本書になる。

 

 全15篇の共通点は、春雄という名前の小中学生くらいの少年が出てくることだけで、場所や境遇などはまちまちである。かえってそれが当時の日本の少年の総体的な姿を感じることができた。幼少時の自分に通じる感覚を思い出した。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/908125

 

《まだ宵の口なので、人通りが織るやうに繁く、チャン、チャン、チャンと電車の警鈴が幾度となく消魂しく響いた。路の両側には、沢山の露店が臭いアセチレン瓦斯を点けて並んで居る。道化たことを言って群衆を笑はして居る競売屋(せりうりや)もあれば、陰気くさい古道具屋もあった。飴屋もあれば玩具屋もあった。》(夕刊売)

 

実業之日本社刊、少年文庫(広告)

 

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『深夜の告白』 ジェームズ・ケイン

深夜の告白:ジェームズ・ケイン、岡本太郎・画

1954年(昭29)日本出版協同㈱、ジェームス・ケイン選集第2巻

1962年(昭37)新潮文庫『殺人保険』

 

 作者のジェームズ・ケイン(James Cain, 1892~1977) は米国の作家・脚本家。ジャーナリストとして働く傍ら小説を書き、戦前の「郵便屋は二度ベルを鳴らす」が最も有名となった。この作品の原題は「倍額保険」(Double Indemnity) というものだったが、ビリー・ワイルダー監督によって映画化され、その邦題タイトルが「深夜の告白」だったので、そのタイトルと同名で出版された。(蕗沢忠枝訳)

 

深夜の告白:パラマウント映画(1944)

 保険外交員のウォルターは自動車保険の更新のセールスのため、石油掘削会社のロサンゼルス支社長のナードリンガー宅を訪問する。主人は不在で、美人妻のフィリスが応対するが、二人はたちまち意気投合して不倫関係に陥る。彼女はウォルターに夫の殺害を持ちかけ、事故死の場合に保険金が2倍になる傷害保険を本人が掛けたように工作する。

深夜の告白:パラマウント映画(1944)

 保険会社内部の監察基準も熟知したウォルターは、アリバイや変装も細心の注意で手順を詰めて行く。ナードリンガーは列車からの転落死として検死法廷の判断が下されるが、自殺か事故か、あるいは他殺かの肝心の死因は不確定だった。保険会社の調査員も直感的に不審を抱き、警察と共に妻のフィリスの身辺の動向が見張られることとなった。ウォルターは彼女と連絡が困難になり、疑心暗鬼の末に彼女を殺害しようと考えたが、夜間におびき出した公園で、逆に彼が銃撃されて・・・

 

深夜の告白:パラマウント映画(1944)

 発表当時はその不道徳性を指摘する声も少なくなかったが、ワイルダーによる映画化では犯罪心理の変化を深掘りした心理劇としての評価が高かった。結末は原作よりも映画の方が味わいが出せたのではと思われた。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1665110

カバー絵は岡本太郎。

 

《僕は彼に話しながら、すつかり白状してしまったら、 幾許かの平和が得られるかと期待していた。僕はこの秘密を、永い間、胸の中に秘めていた。夜はそれを抱いて睡り、その夢に憑かれ、それを呼吸して生きてきた。だが今話し終っても、やはり何の平和も得られなかった。》

 

※映画

ja.wikipedia.org

 

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『美人の行衛』 遠藤柳雨

美人の行衛:遠藤柳雨

1907年(明40)大学館刊。

 

 遠藤柳雨(りゅうう)については生没年も経歴も不明である。明治末期から大正期を通して通俗作家として活躍した。デジタル化書籍は20点ほどになる。当初は冒険、奇談系の作品が多かったが、後には家庭小説系に専念したようだ。直截的な感情を明快な筆致で描いた。

 

 函館の富豪令嬢百合子が乗った天龍丸が行方不明となったため、その捜索に多大な懸賞金が掛けられた。文学士の千浪と法学士の磯がそれぞれ名乗りを上げ、端艇で小樽から出航する。磯の舟は暴風雨でロシア沿岸まで流された後、海賊船に囚われ、そこで同じように幽閉されていた百合子の侍女浜路を助けて脱出する。

美人の行衛:遠藤柳雨

 彼らは樺太沖の小島に流れ着き、そこが海賊の本拠地であることが判明する。同志の千浪にもそこで再会するが、百合子の救出に失敗し、磯は命を落とす。千浪は単身で海賊の巣窟に戻るが、海賊同士の戦闘に巻き込まれ・・・

 

 一読して荒唐無稽と感じるのは、手漕ぎボートで大海に探索に出るという無謀さ、目標も漠然としか把握していない点、無計画性、貧弱な装備等々で、簡単に海賊に捕まるのは当然としか考えられない愚かさだけが目立った。従って結末がハッピーとはならず、悲惨に満ちたものだったというのも「これじゃ仕方がない」と思わせるものだった。☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/887936

口絵作者は不詳。

 

 

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『真紅の瞳』 柴田錬三郎

真紅の瞳:柴田錬三郎

1959年(昭34)1月~1960年(昭35)5月、雑誌「婦人生活」連載

1974年(昭49)東京文芸社刊。

 

 柴田錬三郎の現代小説。ネット閲覧できるのは現在のところ「婦人生活」での連載の一部分でしかなく、単行本はネットに開放されていない。都内の図書館で50年以上前のものを探し出してもらったのを借りて読んだ。この「50年」の壁が意外と多くの書籍のネット開放を阻んでいるように思う。

 

真紅の瞳:柴田錬三郎、下高原健二・画

 軽井沢の木樵の息子として貧しく育った川辺麟太郎は、貿易商の兼近の手先となって高価な密輸品の受け渡しの仕事をする傍ら、数人の苦学生を援助しながら夜学の講師をしている。彼は少年の頃からキャディとして働いたので、ゴルフの腕前はプロ並みになっている。この連載の頃はちょうどビジネスマンのゴルフブームで、密輸品の受け渡しにも有名ゴルフ場が出てくる。

 

真紅の瞳:柴田錬三郎、下高原健二・画

 ゴルフ場で品物の受け渡し先の女が、誰もが振り向くような絶世の美女蒔絵だった。彼女は旧宮家の朝田の妾腹だったが、母親を服毒死させられた恨みを抱き、世の中の男たちに冷徹な態度を貫いてきた。しかし川辺に対しては恋愛感情を持ち、猛然とアタックを仕掛けるが、彼からは肩透かしを食らう。

 

 この物語では、蒔絵の他にも川辺に思いを寄せる女性たちが続出する。洋品店に勤める志摩子、大実業家の令嬢美耶子、夫に裏切られ路頭に迷う人妻杉枝。それぞれが阿弥陀くじレースのように右往左往するのも面白さになっている。柴錬の現代物には、小田急線沿線の街が頻出する。おそらく作家の土地勘が大きかったのだろう。☆☆

 

真紅の瞳:柴田錬三郎、下高原健二・画

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/2324635/1/70

雑誌連載時の挿絵は下高原健二。

 

《男女の愛情は、なんというふしぎな作用を、人の心にもたらすものであろう。自分がどんなに愛しても、対手から愛しかえされない時は、愛情は、絶望を呼ぶにすぎない。対手から如何に愛されても、自分が愛することができなければ、それは、いかなることよりも、苦痛となる。蒔絵は、これまで、多くの男性から、求愛された。しかし、ことごとく拒否して来た、拒否した後の虚しさが、孤独な女でなければわからない暗い時間の中で、つみかねられた。》(北の国で)

 

 

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『百合子の母様』 かげらふ

百合子の母様:かげらふ

1913年(大2)今古堂書店刊。

 今古堂から出版された「少女小説」シリーズ中の1冊。成長する過程で身の回りで起きる事件や問題に対して、少女の目を通して感じ取る喜びや悲しみを率直に描いたもの。作者名の「かげらふ」は同時期の著名作家の匿名と考えられる。

百合子の母様:かげらふ、みむろ画

 女学生の百合子の家では、父親が数年前に亡くなり、母親と弟だけで細々と暮らしている。ある日、母親のもとに高利貸の十兵衛がねじ込んで来て、父親に生前貸していた金を返せと迫った。根拠のない話に母親は突っぱねたが、脅迫まがいの言動で騒ぐ。百合子と弟の健は外で待っていたが、腹を立てた健は十兵衛に石を投げ、たちまち喧嘩となる。仲裁したのは、昔父親に世話になった欣次という紳士だった。その時の怪我が原因で弟は脳膜炎を発症し、重態となる。百合子も学校を休んで看病するが、容態は悪化し、危篤状態に陥る。十兵衛の催促は続き、裁判沙汰に及ぶが、欣次の助力で証拠不十分となる。しかし健は絶命し、思い余った母親は、夫の拳銃で十兵衛を撃ち、自らも命を絶つ。

 

 大人たちの心情には立ち入らない描写で、あくまで少女の側から目に映る様相を描くことで、理解の及ばないその苦悩の深さを感じさせてくれた。☆☆

 

百合子の母様:かげらふ、みむろ画

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1716417

口絵・挿絵は鈴木綾舟(みむろ)

 

《げに美しきもの、雪に月に花に、人に在つては少女! けれどもこの少女にも、涙がないわけではありません。世には激しい運命に弄ばれて、小さな胸には悲痛(かなしみ)を秘むることが出来ず、涙に袖濡らす少女もあるのであります。(…)アゝその涙、これ亦た美しきものゝ極みであります。さうしてこれ位ゐ、人の心を動かすものはありますまい。》(はしがき)

今古堂・少女小説

 

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『紅皿欠皿』 神田伯海

紅皿欠皿:神田伯海

1908年(明41)大学館刊。

 講談速記本だが速記者名が明記されておらず、場合によっては「自演自記」だったかもしれない。古来の民間伝承の一つとされる『紅皿欠皿』という継母による継娘いじめのお話。和風「シンデレラ」とも言われている。

 

 室町期の戦乱で主君を失った唐縞素次郎は、妻子を連れて親族のいる上総へ旅立つ。途中碓氷峠の山中で戦闘があり、素次郎は妻子と離れ離れとなるが、里見家の姫君が攫われそうなところを救出し、その功績によって上総の国で召し抱えられる。そして美人で貞淑な鮮衣(ありぎぬ)の家に婿養子として入り、継橋素太夫と改名する。間もなく娘楓が生まれる。彼は凡庸な性格で、武功というのも偶然の結果でしかなかった。

 

 ある時、主命で磯山の金剛寺へ代参することになったが、貢物とともに里見家の宝刀も賊に奪われてしまい、真間の村へ左遷となる。彼は宝刀の行方を求めて旅に出て、盗んだ張本人に出くわすが、結果として二番目の妻の鮮衣は自害し、そこで入れ替わるように最初の妻片埦(かたもい)と紅皿との再会を果たす。宝刀を取戻したことで、再び要職に復帰するが、片埦は性格がすさんでしまい、継娘となった美人の楓に対しては、欠皿(かけざら)と呼び代え、召使同然の苛酷な仕打ちをし続ける。彼女の目論見は、実娘の紅皿を城代家老の長子の嫁にしたいということで・・・

 

 この本には「怪力乱神」の要素も多く取り入れられて、シンデレラ・ストーリーに一層ファンタジックな魅力を重ねているように思う。例としては、金剛神の仁王が博打で負けた代わりに神通力を期間限定でならず者に付与すること、鴻巣の村外れの暗闇の中で姑獲鳥(うぶめどり)が産婦に化け、石地蔵を赤児だとして男に抱かせて消えること、物置に閉じ込められた欠皿の夢の中に真間の手児奈の女神が現れて励ますこと等々。

紅皿欠皿:神田伯海

全63席というこれだけの長話に筋道を構築した神田伯海の手腕は見事なものだと思う。欠皿にたえず救いの手を伸べる下女と若党の機転と頓智も小気味良かった。☆☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/903686/1/4

口絵作者は不詳。

 

《素太夫は前にも申上げました通り、誠に結構人で善くいへば上人(ぜうにん)だが、悪くいふとお人善しで意気地がない方です。》(第三十席)

 

《女と申すものは誠に嫉みの心があるもので、少し善い服装(みなり)でもしてゐる女が通ると立止まってヂーッと見る、行過ぎても見送ってゐる、誠に失礼なものですが、どうも婦人方の多くは、斯ういふ事をやりたがります。》(第五十一席)

 

 

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『秘中の秘』 菊池幽芳

秘中の秘:菊池幽芳

1913年(大2)金尾文淵堂刊、前後2巻。

 明らかに英国の冒険小説の翻訳だが、原作者については明記されていない。登場人物や地名のほとんどを和名に言い換えている点を除けば、風物などは現地のままとなっている。医師の堀彦市を語り手とする一人称記述だが、格調高い文語体(下掲例)の寄り付きにくさに慣れるまでやや時間がかかった。

 

秘中の秘:菊池幽芳、鏑木清方・画

 知人の商船長萩原に誘われて地中海を航海中に、時代を経た難破船に遭遇する。300年前の帆船で座礁していたものが何らかの拍子で漂流したのだった。船内を検分すると、金銀の財宝が見つかったが、さらに狂人となった老人が生存しているのを保護する。この船は海賊を討伐する船で、船長の婆娑妙(バーソロミュー)の航海日記に、英国に財宝の収蔵庫を示す記述が暗号の形で残っていた。この船は曳航する途中で沈没する。

 

 帰国した堀医師は古城博士に古文書の解読を依頼し、六斤腿(ロッキンハム)という駅から田舎にある長者屋敷と呼ばれる古い館が婆娑妙のものだったと断定し、仲間三人で宝庫の発見を目指して作業に取り組む。しかしながら謎の男たちの一団が、同じ情報を別ルートで入手し、彼らと対抗するように暗躍していた。・・・

 

秘中の秘:菊池幽芳、鏑木清方・画

 メインは宝庫の発掘なのだが、隠し部屋の多さに翻弄され、暗号の解読を巡る知恵比べ、屋敷からの地下道での冒険、悪人一味に加担させられた美女の歎きと主人公の恋の苦悶、等々、伝奇小説の要素盛り沢山の長編だった。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/945437/1/2

https://dl.ndl.go.jp/pid/945438/1/2

口絵・挿絵は鏑木清方。

 

秘中の秘:菊池幽芳、鏑木清方・画

《年の頃は二十位なるべく、衣服は至つて質素の、粗末なるものなりしかど、その着こなし振りの品よきと、今入来れる態度の温雅なるより見るにたしかに相当の教育を受け、良家に人となれるものなるぺしと思はる。顔は正真の卵形にて、大理石を刻める如き鼻、小さなる形善き口、弓形の眉、半ば驚き半ば恐るゝ如く余を見入れる、その黒き大きなる眼、何れが余を恍惚たらしめぎるものなし。されどこの女の美しさは、陽気なる美しさにはあらず。寧ろ陰気なる美しさなり、沈みたる美くしさなり。その心の底に何か秘密の潜み居るが如き、悲しげなる面影のどことなく浮び居れるなり。》(奇怪なる美人)

 

「多くの探険者が成功した跡を考へると、彼等はあまり手掛といふことに重きを置いて居らんですな、只単にその場所へ行って宝石なり金なりを埋める人の気になって考へるのです。そして自分ならばこゝへ隠さうと考へついた場所を探して見るのです。これで意外に成功して居るものが多いので、」(探偵来)