明治埋蔵本読渉記

明治期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『猿飛佐助:真田郎党忍術名人』 雪化山人

 

1919年(大8)立川文明堂刊。大阪の出版社、立川文明堂は明治末期から青少年向けの立川文庫(たつかわぶんこ)を発刊し、大きな人気を博した。作者名の一つ、雪化山人は講談師玉田玉秀斎とその妻子たちによるリライトの共同筆名である。猿飛佐助の名前は戦後の昭和世代に少年期を迎えていた人々には憧れの超絶忍者として記憶に刻まれている。もう一人の忍者・霧隠才蔵を加えた真田十勇士の活躍も立川文庫の功績である。戦後世代の忍術映画でもいきなり姿が消えてしまうシーンには夢中になった。どんな勝負でもほとんど負ける心配のない安心感というものは痛快に思うのだが、現実にはありえないことでも、少年時代の夢のように楽しいものだった。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は長谷川小信。

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『金貨:探偵奇談』 岡本綺堂

 

1912年(大1)今古堂刊。かつて愛読した「半七捕物帳」の作者岡本綺堂は40代以降に精力的に作家活動に入った。「半七」を生み出す前には探偵物や怪奇物を書いていた。この作品は米国の映画のノベライズ物だが、序文を見る限りシナリオから翻訳して読み物にしたようだ。当然ながら当時の無声映画の場面の説明は目まぐるしく展開する。本来劇作家でもあった綺堂なので、プロットの暴走も飛躍もコントロールしながら彼らしい明瞭な文体で綴っている。映画では小さく穴の開いた金貨がキーワードらしいが、必ずしもそれがなくとも事件は自白や悔悟で解決している。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は常三という画印があるが不詳。

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『秘密の女』 山田旭南

 

1912年(明45)日吉堂刊。タイトルの意味は「隠し子」である。三河島の富豪がかつて保養先の千葉の鹿野山神野寺の土地の女に産ませたのだが、死を目前に遺言の執行人として寺の僧侶を指定した。その子お糸だけに血統があり、外には後妻とそれに密通した番頭がいた。お糸の身辺にも財産狙いの悪だくみをする義父たちがおり、彼女はほとんど孤立無援の状況に翻弄される。ある一味と別の一味との悪事のしのぎ合いになる。普通なら絶望で自殺するところを別の意図を持った悪人に救われるという展開もあり、読み応えがあった。筋の組み立てにかなり工夫が見られる。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は田中竹園。

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『殺人倶楽部:探偵奇談』 コナン・ドイル 森蜈山・訳

 

1912年(大1)文成社刊。文成社は偉人伝、処世法、実用書などの出版物が多かった。森蜈山(ござん)による訳書はこの一点しか知られていないが、明治末期におけるホームズ物の翻訳の貴重な例証になっている。文体もこなれていて読みやすい。最初はタイトルが珍しいのでドイルの別の作品かと思ったが、読んでみると第一短編集「冒険」の3作品だった。どうして原題とは異なった題をつけたのかは不明。「殺人俱楽部」⇒「オレンジの種5つ」、「地下の秘密」⇒「赤毛組合」(訳文中は「紅髪結社」)、「写真の行衛」⇒「ボヘミアの醜聞」。地名は倫敦(ロンドン)の米架街(ベイカ)、ホームズ名は穂室静六(ほむろ・せいろく)になっている。☆☆☆



国会図書館デジタル・コレクション所載。挿絵は鏑木清方とされる。

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《彼は一世を驚倒せしめたやうな大疑獄を首尾よく解決して了ふと、何時も斯う云ふ。「あゝ御蔭でやっとまあ一時の退屈を紛らした。こんな小事件がちょいちょいあるので、少しは助かるが、実に僕の生涯は人生の平凡を逃れんとする長い奮闘だ。」》(書き出し)

 

 

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『恋と情:探偵実話』 太年社燕楽

 

1912年(明45)矢島誠進堂刊。明治期の探偵実話を題材とした講談筆記本。前後続の全3巻。演者の太年社燕楽(たねんしゃ・えんらく)は大阪の講談師の長老格で本名は伊藤伊之助、それ以上の情報はほとんど不明。筆記本はあまり出ていないが、弁舌巧みで多少説教じみているが堂々とした語りである。

物語の前半は、娘を唆して横浜で質屋を経営する青年から資金を搾取する親の無軌道と青年の転落話。後半は高崎の大店の身代を乗っ取ろうとする男女の策謀。何れの場合も色の道で失敗させられる善玉の男たちを描きながらも、いかに失地回復の上に勧善懲悪に至るかを語り尽くしている。☆☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は歌川国松。

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《当講演は実に恐るべき犯罪を敢へてし、而(さう)して社会の目を掠めて安逸を貪らんとせし天下の大凶漢も(・・・)敏腕なる刑事のために遂に其の罪悪の凝結(かたまり)たるものを捕縛すると云ふ、探偵の苦心談をば、単に一二探偵の功を録するに止めず、宏く社会ため、せめては社会教育の一端にもなれかしとに微意より、筆とる速記者に其の意を聴取させ、一片の冊子として発行する事に御座いますれば、唯その面白いと云ふ点のみに心を止めず、勧善懲悪の大意を御取収あらん事を発行所主と共に深く希望いたします。》(第一席)

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『夜半の嵐』 泉清風

 

1919年(大8)春江堂刊。泉清風(せいふう)は大正期に欧米から輸入された無声映画のノベライズ本の作者として活躍した。数年で20数点を出している。しかしノベライズ本の多くは、写し出された映像に従属して語りを加えるためか、普通の小説本や講談本に比べてどうしても浅薄な印象を免れない。

この小説は泉が書いたオリジナルの悲劇小説だというので読んでみたが、作品としての構成力が弱く、例えてみれば家屋を四隅の柱から建てたものの、その柱の間を壁が繋がらず、全体の筋立てが成り立たなかった。個々の人物の挿話(例えば碑文谷の踏切番の話など)は良く書けているのだが、全体の流れとしてはプロット集の下書きのような未完成品としか言いようがなかった。☆

 

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。表紙絵・口絵作者は未詳。

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『黒闇鬼』 丸亭素人・訳


1891年(明24)今古堂刊。(こくあんき)原作者は明らかにされていないが、作風からするとボワゴベではないかと推察する。丸亭素人(まるてい・そじん)は黒岩涙香と肩を並べるほどの訳述者で、文体も似通っている。パリとその郊外の町を舞台に、田舎町に隠棲する高利貸の老人の殺害事件の捜査と美人で魅力的な寡婦との結婚を巡る男女の曲解やすれ違いを描いている。意外な言動に対する疑念や思い込みの応酬など、心の綾を描く割りには心理分析までの文学性はなく、あれこれと振り回される。当時のフランスの新聞連載小説(フイユトン)の特徴だと思う。☆☆☆

 

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。表紙絵・挿絵作者は未詳。

挿絵は結構大量に入っているが、「明治の探偵小説」の著者伊藤秀雄によれば、「絵入自由新聞」などに木版画挿絵を作っていた新井芳宗あたりではないか、と語っている。

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