明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『死神博士』 高木彬光

死神博士高木彬光

1950年(昭25)5月~ 雑誌「少年少女譚海」連載。

1951年(昭26)偕成社刊。

高木彬光の生み出した名探偵神津恭介(かみつ・きょうすけ)の活躍する少年少女向けの探偵活劇。ある夜に大学病院の外科部長が謎の女によって拉致され、死んだばかりの人間の脳髄を蝋人形に移植するという手術を強要される。この最初の設定からもSFじみた悪魔的発想を感じさせる。これを発展させると死神博士の命令に絶対服従するロボット軍団のような蝋人形たちがうごめくはずなのだが、物語の途中からは薬品による生身の人間の精神コントロールへと手法が変化していく。少年少女たちの活躍も盛り込まれ、怪人の身代わりや変身術の手口は乱歩的な鄙型を踏襲している。あまりにも誰もが簡単に変身してしまえるとなると、だまされる側の人間たちが馬鹿に見えてくる。やはり最初の設定が突飛過ぎたのかも。☆

 

死神博士高木彬光2

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1766688/1/148

https://dl.ndl.go.jp/pid/1625165

挿絵は伊勢田邦彦

 

 

*参考記事:『悪魔の口笛』 高木彬光

ensourdine.hatenablog.jp

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ

『火の玉小僧』 伊原青々園

火の玉小僧:伊原青々園

1915年(大4)大川屋書店刊。

明治31年から37年まで全国各地を荒し回った連続放火強盗犯、火の玉小僧こと西條浅次郎の生き様を描いた。明治大正の頃には個人情報は保護されておらず、事件の被害者名、所在地なども詳細に新聞で報じられていた。探偵実話を得意とした伊原青々園も、その詳細を小説の中に反映させており、それが迫真感のある記述に結びついていた。その最たる個所が明治35年11月に起きた東京区内各地の放火強盗事件で、全部で11件、ほぼ連日連夜の騒ぎであった。当時これほど重大な事件でも犯人がなかなか捕まらなかったというのも、旧態然の所管警察の縄張り意識や個人プレー中心の捜査体制だったからなのだろう。

物語は浅次郎の少年期から、ふとしたことで警察沙汰に関わり、良心の思う所とは違った方向に落ちて行かざるを得なかった(と恐らく本人の言い訳がましい自白から)経過をたどって語られる。あとは青々園のクライム・ストーリーになるのだが、彼の構成技法は、時系列を並び変えて、早々に犯人の捕縛と自白を明らかにしてから、「そもそも彼という人間は・・・」と回想していくスタイルになっている。関係人物が巧みに入り混じる筋作りもうまく出来ていた。☆☆

 

火の玉小僧:伊原青々園、鈴木綾舟画

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/907318

口絵は鈴木綾舟。



*参考記事:

『生首正太郎:探偵実話』 あをば(伊原青々園

ensourdine.hatenablog.jp



にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ

『血染の短刀』 三品馨園

血染の短刀:三品馨園

1917年(大6)樋口隆文館刊。

三品馨園(みしな・けいえん、1857~1937)という明治大正期の作家については検索してもあまり情報が得られない。わずかにGoogle Books で明治期の文芸回想集等のいくつかに記述が見られた。

「三品は蘭湲(りんけい)と号し、柳条亭華彦(りゅうじょうてい・はなひこ)、本名は三品長三郎、別名芳馨令蘭湲、馨園(けいえん)、安政四年一月江戸浅草に生る。大学南校、工部大学何れも半退学、明治十三年頃電信技手を辞し柳亭種彦(藍泉)の門に入り、その後諸新聞を経て東京朝日に入る。明治十六年より同二十七年の…」(「部落問題文芸作品解題」より)

という記述が一番詳しかった。明治中期の26歳から36歳までは、柳条亭華彦または三品蘭湲の名前で戯作者として多くの作品を残した。その後言文一致運動や明治文学が確立するとともに他の戯作者たち同様、文壇から消え去ったと思われた。しかし彼に関しては60歳を過ぎた大正6年になって、今度は三品馨園の名前で小説作品を旺盛に出版し始めたのである。版元の樋口隆文館の広告の紹介文には、

「三品馨園君は我文壇に於ける先輩元老であるが、其性恬淡、売名を念とせざりしが為め、其名声と実力とが未だ世間に知られざりし実に隠れたる現代大家の一人である。」

とある。『血染の短刀』はタイトルから推測すれば明治中期以降に流行した探偵実話もしくは探偵小説を思わせるが、殺人事件はなく、社会通念上の復讐小説だった。売らんが為のタイトル名だったかも知れない。

強欲と傲慢に満ちた高利貸の家にあえて好き好んで下女として入り込んだのは、育ちのいい令嬢まがいの一人の美女。その裏の事情は最後まで伏せられるが、彼女は巧みにその家の住人に取り入り、高利貸本人の他、その財産を狙う後妻、それと結託する家令、居候の甥など個々の悪企みの思惑の隙を突いて混乱を生じさせて行く。法律では処罰できない社会悪をいかに裁くか? 作者は戯作時代の教訓的な勧善懲悪思想を、世相の発展と共に上手に変容させて、改めて大正期の読者に提示できたのだろうと思う。地の記述文体では漢文調の美文表現が残されているが、それも一つのスタイルであり、会話文の口語体との対照的なリズムが感じられた。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/919394

口絵は笠井鳳斎。

血染の短刀:三品馨園2

《受地仕入れのひねくれたる赤松二三本、春日形の石灯籠、訝(おつ)に気取りたる栞門の建仁寺形に沿ひて、独り時得顔に咲き誇れるつや蕗の花ものものしく、鉢前の青苔、新樹の刈込み、手入れ隈なく行き渡りて見ゆれど主人の好みか、棠駝師(うえきし)の手任せか、何や何亭など呼ぶ、待合茶屋の入口擬(め)きし、蘆嶋家の奥庭構へ、斜陽(ひかげ)すでに母屋の棟に没(かく)れ晩(ゆふ)鴉たかく飛びて寝ぐらへ急ぐ頃、その吹く涼風(すずかぜ)に裳裾(もすそ)ほらほらと吹かせながら、おだいは人待ち顔の様子にて、栞門の側に佇立(たたず)み居りぬ。》(三二)



「だって。能く考へて御覧なせへ、何ぼ田舎女にした処が、那(あ)れ程な標致(きりゃう)を持ちながら、此家へ御膳焚きなんぞに住込んだのが第一変な訳ぢゃァ有りませんか。(…)起居(たちゐ)の優(しと)やかな事といひ、人品(ひとがら)な様子と言ひ、何処へ突き出して評価(ねうち)をさせたって立派なお嬢さんとしか、思はれ無い程だのに、嗜好(すきこの)んで仕て居るのは如何も不思議な次第だから、種々と考へて居たのですが、不思議なのもその筈さ、那奴は尋常者(ただもの)ぢゃァ無えので、」(三二)



《人、得意の時に在りては、我意我慢も好く徹(とほ)り、無慈悲、非道もまた夫(そ)れほどに目立たず、唯だその時の勢ひに任せて、心のまゝに挙動(ふるま)ふべけれど、漸く失意の折に及びては、それが為めに我れと我が罪悪を責め、人知れぬ畏罹(ゐく)の念、絶へず自己(おのれ)を悩ますこと多し。》(五一)



「この金匣(かねばこ)に入って居る夥多(あまた)の紙幣その他貸金証書等は、いづれも皆な、不義、不徳、残忍、非道の塊物(かたまり)であります。アゝこれが為めには世間の幾百十人が、何れ程難儀困窮を重ねたか知れますまい。中には自殺を遂げた者、一家離散に及んだ者、今尚ほ怨恨(うらみ)を啣(ふく)んで諸所を彷徨(さまよ)ふもの、子を棄てた親、本夫に離れた妻、苦界に身を沈めた娘、孤児院に露の性命を繋ぐ小児、斯様な者が沢山あります。それと言ふも、原因(もと)を糺せば、飽まで我が強慾を充さんとした、唯だ一人の不正手段から起ったことなので併し法律はこれを制し得ない、表面の不正は兎もかくも、深い裏面の不正に立入る程の機能(はたらき)を持ちません。ですから、不正不義の金力が、誰れ憚らず、ますます世間を毒するやうに成る。妾(わたく)しはそれを甚だ悪(にく)みます。いえ、それが妾(わたく)しの讐敵(かたき)です。今貴君(あなた)の助太刀を願って、こゝにその讐仇を討つのであります」(五四)

 

三品馨園



にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ

『右門捕物帖全集(第1巻)』 佐々木味津三

右門捕物帖佐々木味津三

1956年(昭31)鱒書房刊。

むっつり右門」の捕物帖は全部で38話にのぼる。この鱒書房版では全5巻に分かれ、第1巻は第一番手柄「南蛮幽霊」から第七番手柄「村正騒動」までを収める。すべての話が「第〇番手柄」と整理され、寛永15年の初手柄以降、時系列的に事件が語られていく。語り口は丁寧だが、文脈が金魚の糞のように長めになる傾向が気になる。余計な口をきかない南町奉行同心の近藤右門とおしゃべりの岡っ引伝六との掛け合いも面白い。事件の捜査は、現場検証では大雑把ながら直感的に核心を突くという飛躍ぶりで、ひらめき重視型とも言える。作者の筆は江戸情緒たっぷりに季節感も織り込んでいる。やや温情的な措置が多いのも作者の特徴か。☆☆

 

右門捕物帖佐々木味津三2

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1645306

挿画は清水三重三。

 

《だのになぜ彼が近藤右門と言う立派な姓名があり乍ら、あまり人聞きのよろしくないむっつり右門なぞというそんな渾名をつけられたかと言うに、実に彼が世にも稀しい黙り屋であったからでした。全く珍しい程の黙り屋で、去年の八月に同心となってこの方いまだに只の一口も口を利かないと言うのですから、寧ろ唖の右門とでも言った方が至当な位でした。》(第一番:南蛮幽霊)

 

右門捕物帖佐々木味津三3

「どうつかまつりまして、うなぎときちゃおふくろの腹にいたうちから、目がねえんですがね。でもこの土用うちじゃ、目のくり玉の飛び出るほどぼられますぜ」(第七番:村正騒動)

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ

『夜光怪人』 横溝正史

夜光怪人:横溝正史

2021年(令3)柏書房横溝正史少年小説コレクション3「夜光怪人」所収。

1949年(昭24)5月~1950年(昭25)5月、雑誌「少年少女譚海」(たんかい)に連載。

 

 横溝正史による少年向け探偵小説。仮面、怪盗、変装などのキーワードからも江戸川乱歩の少年物作品との類似性を直感する。全身黒ずくめ、つば広の帽子、大きなマント、能面のような仮面の怪人が高価な宝飾品を奪うと予告し、警察や探偵の目をかすめて実行する。横溝が生んだ名探偵は金田一耕助の他に、由利先生と三津木記者のコンビのシリーズがあり、この作品はその後者が活躍する。当然ながら少年少女向けなので、探偵少年御子柴進や謎の少女藤子の行動も目立つ。最後は瀬戸内海の小島に隠された財宝まで追求するので、謎解きよりは探偵活劇として楽しめた。怪人がなぜピカピカの夜光飾だったのかは不明。単なる自己顕示欲としても手間がかかり過ぎた。☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1766684/1/90

挿絵は嶺田弘。

*雑誌はデジタル化できていない欠号も多いので、全篇通読するには今のところ上掲の柏書房版などに頼るしかない。



《それにもかかわらず、夜光怪人にかぎっては、暗闇のなかでもキラキラ光る衣装を、わざと身につけているというのです。どんな暗闇に身をひそめてもハッキリ目印になるような、夜光帽子をかぶり、夜光マントを着、おまけに夜光靴まではいているというのです。》(隅田川の怪)

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ

『少女地獄』 夢野久作

少女地獄:夢野久作

1936年(昭11)黒白書房、かきおろし探偵傑作叢書第1巻。


『探偵小説:少女地獄』というタイトルで、書き下ろしの単行本として出版された。目次によれば、『何んでも無い』、『殺人リレー』、『火星の女』の三部作をまとめた中短編集である。個々の作品は独立した話になっている。

『何んでも無い』は意味深長に感じた。人間誰でもうわべを取り繕うことを日頃から行っている。互いに赤裸々な状態で接することはほとんどありえない。しかしながら自分の夢想する姿を自分の関係する世界にまで広げて嘘で固めたという乙女の執着と破綻の生き方には驚嘆させられた。それを淡々と物語る作り手の緻密さにも脱帽する。これこそ文芸作品と言うべきではなかろうか。

『火星の女』でも、尊敬を集める教育者たちの「取り繕い」の巧みさと醜悪さが描かれる。陰の真実を暴露することは表の秩序の崩壊にもつながり、そのためには自己犠牲もやむなしと思うに至る。これは緻密な復讐計画でもあるのだが、人間の心の深淵を覗かせてくれる夢野久作の手腕は賞賛したい。☆☆☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1228197/1/6

カバー絵は装幀を担当した斎藤喜兵衛によるものと思われる。『殺人リレー』の事故に見せかけた犯行場面を暗示している。

少女地獄:夢野久作2

《同時に姫草ユリ子の虚構(うそ)の天才が如何に驚く可く真に迫ったものがあるかを証明するに足るものがあると信ずるからである。普通人の普通の程度の虚構(うそ)では、到底救ひ得ないであらう。かうした惨憺たる破局的な場面を、咄嗟の間に閃めいた彼女独特の天才的な虚構(うそ)――十題話式の創作、脚色の技術を以て如何に鮮やかに、芸術的に収拾して行ったか。》(何んでも無い)

 

「つまり一種の妄想狂とでも云ふのでせうな。自分の実家が巨万の富豪で、自分が天才的な看護婦で、絶世の美人で、どんな男でも自分の魅力に参ゐらない者は無い。色んな地位あり名望ある人々から、直ぐにどうかされてしまふ――と云ふ事を事実であるかの様に妄想して、その妄想を他人に信じさせるのを何よりの楽しみにしてゐる種類の女でせうな。」(何んでも無い)



「私の心の底の空虚と、青空の向ふの空虚とは、全くおんなじ物だと云ふ事を次第次第に強く感じて来ました。さうして死ぬるなんて云ふ事は、何でも無い事のやうに思はれて来るのでした。宇宙を流るヽ大きな虚無――時間と空間のほかには何も無い生命の流れを私はシミジミと胸に感ずるやうな女になって来ました。」(火星の女)



 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ

『怪龍島』 香山滋

怪龍島:香山滋

1985年(昭60)国書刊行会香山滋名作選。

1949年(昭24)1月~ 雑誌「少年世界」連載。

 

香山滋は大蔵省の役人だったが、戦後になって40歳を越えてから作家活動に入った。古生物学を独学で修めたため、恐竜や怪獣が登場する作品が多い。

この作品は少年向けの雑誌「少年世界」に連載された。絶滅した恐竜が未だに生存する島があるはずだと信じる少年真理夫は、探検家の川島博士に誘われて怪龍島へ探検の旅に出る。博士はパラオサモアの間にある地図にない島を目指すが、詳しい話をしようとしない。連れていた小人族の男から島の場所を聞き出し、上陸する。小さな島のはずなのに大河や草原や大密林があったりで、コナン・ドイルの『失われた世界』(Lost World) に酷似していた。苛酷な環境下で次々に困難に見舞われ、体力の限界に達しながらも真理夫たちの冒険は続く。肝心の恐竜たちも登場するが、それほどの脅威ともならず、むしろ原住民の部族間の抗争など、普通の密林物の話に重心が行ったのは少々物足りなかった。☆

怪龍島:香山滋2

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/12493380

カバー絵および挿絵は飯塚羚児(いいづか・れいじ)。

 

 

『剥製人間』 香山滋 (2023.07.22)

ensourdine.hatenablog.jp