明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『船冨家の惨劇』 蒼井雄

船富家の惨劇:蒼井雄

1936年(昭11)春秋社刊。

1956年(昭31)河出書房、探偵小説名作全集第9(坂口安吾・蒼井雄集)所収

 

 昭和初期、春秋社の懸賞小説で一等を獲得した作品だが、作者の蒼井雄はプロの作家とはならず、会社員としてのキャリアを全うし、この作品が代表作とされた。緻密な骨組みと丁寧な描写、舞台となる土地の選定などいずれも傑出していた。作中に手本としたと思われるフィルポッツの「赤毛のレッドメイン家」を何度も引き合いに出しているのはかえって邪魔にも思えた。時刻表のトリックの嚆矢とも言われ、鉄壁のアリバイをいかに崩せるのかには思わず引きずりこまれる。細部の描写は重ね塗りの油絵のタッチを思わせ、これだけの手間をかけては作品をなかなか量産できないだろうと思わせた。ミステリー作品の傑作の一つと言える。☆☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1231778

https://dl.ndl.go.jp/pid/1356947/1/79

 

《犯罪が巧妙を極むれば極める程、そこにその犯罪人としての一貫した個性が現われる。それを当局者達は手口と称しているが、その手口なるものは、一個の犯罪人について言えばやはり一種の芸術と同様で、決してその一個の犯罪遂行中には変更するものではないのだ。》(白波荘の殺人)

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ