明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『木乃伊の口紅』 田村俊子

木乃伊の口紅:田村俊子

1914年(大3)牧民社刊。

木乃伊(ミイラ)の口紅」という題名が妙に気にかかっていたので読もうと思った。田村俊子幸田露伴に弟子入りした純文学作家である。季節や事物への感受性が繊細かつ鋭敏で、文章に重みを感じた。共に文学活動を志す男女の生活苦にあえぐ姿。二人では食っていけないから別れたい。作者自身の生活体験の記述に終始しているのが「純文学」そのものなのだろうが、その心境描写は見事であっても、解決が見えない閉塞感に対しては読者の心も晴れないと思った。☆☆

 

「炮烙の刑」これも実人生の経験から来ているという。夫以外の男と恋愛しているのがバレて、夫は激怒し、殺意さえほのめかす。それは彼女がその恋情を否定も後悔もしないという態度に原因があった。男女間の対話の一つ、あるいは表情やしぐさの変化によって、愛と憎しみ、好感と嫌悪という両極端の感情へ指針が振れるという女性心理の激変ぶりには読んでいて恐ろしささえ覚えた。☆☆


国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/911954

表紙絵は朝倉文夫



《男が自分一人の力だけでは到底持ちきれない生活の苦しさから、女をその手から弾きだそうと考へてゐる中(うち)を、かうして縋り付いてゐなければならない自分と云ふものを考へた時、みのるの眼には又新しい涙が浮んだ。》(木乃伊の口紅・三)

 

《世間を相手にして自分たちの窮乏を曝さなければならない様な羽目になると、二人は斯うしていつか知らず其の手と手を堅く握り合ふやうな親しさを見せ合ふのだとみのるは考へてゐた。》(木乃伊の口紅・六)

 

《義男にしては二人の間を繋いでるものは愛着ではなかった。力であった。自分に持てない力を相手の女が持ちうるものでなければ一所には居たくなかった、女の重荷を、殊にみのるの様な我が儘の多い女の重荷を引き摺ってゐては、自分の身体がだんだんに人生の泥沼の中に沈み込んで行くばかりだと思った。》(木乃伊の口紅・八)

 

《十何年の間、みのるは唯ある一とつを求める為めに殆んど憧れ盡した。何か知らず自分の眼の前から遠い空との間に一とつの光るものがあって、その光りがいつもみのるの心を手繰り寄せやうとしては希望の色を棚引かして見せた。けれどもその光りは、なかなかみのるの上に火の輝きとなって落ちてこなかった。》(木乃伊の口紅・十二)



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