明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『化粧くらべ』 小栗風葉

 

1918年(大7)岡村書店刊。新装小説選集第1巻。明治・大正期の人気作家の一人、小栗風葉の作品。当初1904年(明37)に出版されたものの改版である。明治末期になっても言文一致体は文学全体に普及してはおらず、この作品でも地の文は漢文調を保っており(下記引用文参照)、会話部分は現代口語になっている。身寄りのない書生を子爵家が養育し、将来を見込んで海外留学に出発させる直前に、もう一人の遠縁の男が子爵家への婿入りを画策し、その書生を勘当まで陥れようとする。シェークスピアの「オセロ」で言えばイヤーゴのように、巧言令色で陰で奸策をめぐらす。悪知恵を駆使し、弁舌巧みなのも優れた特殊能力ではあるが、嘘の積み上げは最後に崩壊する。その筆致には勢いがある。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵および挿絵は川北霞峰と見なされている。

dl.ndl.go.jp

 

《容色(きりやう)十人並を秀れて殊に愛嬌滴(したた)るばかりなるが、色くつきりと白く、鼻梁(はなすじ)通り、口元緊りて左の頬に刻める如き片靨(かたえくぼ)、濡羽(ぬれは)の髪を島田に結ひて、薄小豆地の立湧(たてわく)の紋織の単衣にお納戸藤色の丸帯、手に深張の蝙蝠傘を携へたり。》(P4 待合所)

 

 

《恋には年増も生娘と同じとやら、身を三筋の糸に寄せて浮いた稼業に其の日を送る芸娼妓は、世に馴れ人に擦れて男を男とも思はぬものなれど、抑(そもそ)も惚れた男の前には妖者(それしゃ)と素人の差別無く、海に千年山に千年の古猫と雖(いへども)、命参らす主様(ぬしさん)に会(あ)ふては生(うぶ)も同然、男心の憎いのが嬉しい程の野暮ともなる如く》(P52 自惚)




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