1939年(昭14)10月~1940年(昭15)7月、東京日々新聞、大阪毎日新聞連載。
1949年(昭24)日比谷出版社刊。
野州烏山藩の領主大久保佐渡守は病身のため、国元の政事は国家老の佐伯左衛門に任せきりになっていた。令嬢の琴姫を監督のため現地へ送ったが、佐伯の権勢を抑えるのは困難だった。佐伯の息子四人兄弟の末子彦次郎が酒乱の席で、城下の茶屋の主人を斬ったのが発端で、その甥の千太郎が刀で仇を討ち、その後旅芸人の一座にまぎれて身を隠す。千太郎の妹のおすがは琴姫の奥女中となって身を尽くすが、ある晩密書を届ける使いの途上で佐伯の兄弟に殺される。それ以来、琴姫の身辺を守るように小さなからす蛇が出没するようになる。国家老の策謀に対抗すべく、劣勢で非力の琴姫がいかに主家の地位を立て直せるか、そして妹の仇を追い求める千太郎の心情とともに旅芸人一座の巡業の変転などを活写した傑作長編だった。特に全篇を通して処々で奏でられる横笛の音色がその局面を転換させるカギとなっていたのも興味深かった。
最初の新聞連載は戦中期にかかっていたが、大変な人気で、連載に並行して映画化も進められた。戦後何度も映画化された点でも良好な印象を人々の記憶に刻んだに違いない。☆☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1705982/1/66
https://dl.ndl.go.jp/pid/1666264/1/6
新聞連載時の挿絵は岩田専太郎。
「兄さん。笛だけは持って行って下さいね。」
「うむ持って行く。」
「一日に一度は日の暮れ際に吹いて下さい。私は毎日、夕暮どきには、兄さんを想ってお稽古をします。どんなに遠くはなれていても兄妹の思いが通うように、きっと吹いて下さいまし。」(秋草茶屋)
《姫のお傍にゐるのが何故嬉しい。なぜそんなに有難いか――女の身で、女を慕ふ自分の心が、自分ながら判らなかった。このやうに姫を慕うてどうなるのであらう、姫もあゝこれほどに自分をご寵愛下さるのは――何の縁か。》(密使)