明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『白菊御殿』 遅塚麗水

 

1908年(明41)精華堂刊。前後2巻。都新聞に連載。白菊御殿と呼ばれる華族の伯爵家の騒動を描いたものだが、登場人物のどれをとってもピリッとした所のない、生半可な者ばかりなのが他に例を見ないほど印象に残る。中心となる当主の伯爵も本来謹厳なところが、妾女にうつつを抜かし、新参の女中に触手を伸ばす。その嫡男も放蕩三昧に走る。その取り巻きも御家の体面維持のため、物事を直視せず、決着させず、ごまかしを重ねる。話をどう解決させるのかが気になりながら読み進む。お抱え馬丁の太郎が義侠から動き回るのが救いとなる。現実の御家騒動もこうした煮え切らない人間たちが右往左往してうやむやに納めているのだと思うと、むしろ小説の作りごとで勧善懲悪をはっきり打ち出す方がスッキリするように思えてくる。そういう意味では異色作だった。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は井川洗厓。

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《夜はほがらほがらと明け放れぬ。宛(さな)がら初鰹の背とばかり淡碧濃碧(うすみどりこみどり)の色鮮やかなる東の空に颯(さっ)と彩(いろど)りたる紅の雲美(うつ)くしや、頓(やが)ては金の笹縁とりし其の雲を推し排(ひら)いて現はれ出でたる朝彦の、まぶしげに射し入れば、窓を隔てて、盛りを過ぎし八重桜のぱらぱらと朝風に散りかかる》(其百廿五輪)

 

 

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