明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『丹那殺人事件』 森下雨村

 

1935年(昭10)柳香書院刊。雨村は「新青年」の編集者でありながら、英米推理小説の翻訳にも積極的で、ヴァン・ダインクロフツフレッチャーなどを紹介した。さらに自ら創作にも手を染め、力作を残した。この「丹那」も長篇で、最初は週刊朝日に連載され、犯人当て懸賞も企画された。ちょうど東海道本線丹那トンネルが難工事の後に開通した時期でもあり、その入口にあたる熱海の来宮の別荘地が事件の舞台という話題性もあったようだ。海外事業で成功して帰国した戸倉老人は親友の甥である高須青年を伴って熱海に来たが、ある夜所用で一人で外出した後に殺害されているのが見つかる。その老人の遺言書を預かる公証人とその友人で警視庁OBの風間氏、さらには警視庁の刑事も加わって犯人探しが始まる。特に老人がダイヤモンドの売却を交渉中で、莫大な遺産を残していたことがわかったが、犯人像がなかなか浮かんでこないことがもどかしい。クロフツ風の地味さはあるが、昭和初期の交通事情もレトロ感があって楽しめた。☆☆☆

 

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。挿絵は林唯一。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1238383

 

※書籍としては、論創ミステリ叢書33「森下雨村探偵小説選」に所収。