1900年(明33)駸々堂刊。前後2巻。インド帰りの英国人技師と彼を恋い慕って密航してきたインド族長の娘、ヒロイン摩耶子の物語。原作者が明記されない英国の小説からの翻案だが、人物を和名に変えた以外はほぼ現地の地名で、風物・習慣の描写もそのままである。物語の鍵になるのが催眠術であり、その医学上の功罪を序文で深く言及している。文体はまだ漢文調だが、幽芳の魅力はその語り口の明白さと巧みさにある。箱入り娘同然の世事の経験に疎いヒロインが自らの機知や他者の善意で希望を切り開いていくストーリーは読書の楽しみでもあった。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は尾竹修明(国弌/国一=くにいち)だが、洋風の舞台に和装の人物画は似合っていない。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/886908
《摩耶子の良心は三吉の語る處を認めたり。殊に神より授かりたる生命を捨てるは神罰を顧みぬ所為なりとの詞は、今迄忘れいたる亡母の訓識なる事を思ひ浮べて、われ知らず背(そびら)に汗しぬ。》(第38回)
《摩耶子が舞袖翩々(ぶしゅうへんぺん)として舞ふ時はその身の軽き事蝶鳥(ちょうとり)を欺き、態度のしなやかなるは柳の枝の落花を拂ふが如くなれば、師なる人もそぞろに舌を巻きて嘆賞し、己れ人に教ふる事二十余年なれどかかる堪能の門下生を出したる事なし、(第50回)