明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

悲劇小説

『荒鷲の爪痕』 江見水蔭・万代山影・共著

荒鷲の爪痕:江見水蔭 1905年(明38)青木嵩山堂刊。 江見水蔭の文学結社江水社に加わっていた万代山影(本名・英五郎)との共作となっている。栃木市の女学校で学ぶ仲良しの二人の令嬢が遠足で大平山に登った時、大鷲に襲われて一方の澄子は顔に傷を負い、…

『涙美人』 丸亭素人・訳述

涙美人:丸亭素人 1892年(明25)今古堂刊。 丸亭素人(まるてい・そじん)(1864-1913)は記者作家の一人だが、黒岩涙香とほぼ同世代で、涙香が確立した西洋小説本の訳述業にまるで「二匹目の泥鰌」のように追随して活躍した。涙香が中断した連載物の「美人…

『悪魔』 稲岡奴之助

奴之助 悪魔1 1911年(明44)嵩山堂刊(すうざんどう)(青木嵩山堂から社名を変更したらしい) 題名から想像して、犯罪小説かと思って読み始めたが、明治期の悲劇小説の部類だった。「悪魔」と題したのは恋人に振られた画学生が、恨みつらみを込めてその恋…

『赤潮』 大橋青波

1919年(大8)春江堂刊。前後2篇。作者の大橋青波(せいは)は名古屋の新聞社の記者として働く傍ら、作家として小説を書く健筆家として知られていたが、生没年や経歴はほとんど不明。その後上京して作家として独立したらしい。古巣の名古屋の新聞界とは繋が…

『つきぬ涙』 篠原嶺葉

1917年(大6)春江堂刊。前後2巻。 真情と義理との板挟みで人生を絶望するまでに追い込まれる女性の悲劇小説。相思相愛の仲の男女が親同士の仲違いゆえに結ばれず、男はドイツ留学へと旅立つ。その直後、女は実家の破産の危機に直面し、泣く泣く金銭ずくの…

『烈女富士子』 松林右圓

1897年(明30)3月~8月 雑誌「人情世界」連載。松林右圓(しょうりん・うえん、1854-1919)は泥棒伯圓と称された二代目松林伯圓の弟子で、1901年に伯圓を襲名して三代目となった。この講演速記物の連載時はその直前の時期にあたる。右圓の速記本は極めて少…

『悪魔の恋』 三上於菟吉

(おときち)1922年(大11)聚英閣刊。当時屈指の流行作家とされた三上の初期の頃の長篇小説である。若い男女の逢引きの場面から始まる。青年は富豪の息子、娘は親の金銭の不始末から身売り同然の結婚を迫られていた。息子は彼女を助けるため金策に走るが、…

『田鶴子』 篠原嶺葉

1909年(明42)如山堂刊。篠原嶺葉(れいよう)は尾崎紅葉の門下生の一人。生没年は不明。この『田鶴子』は恩師紅葉の死の6年後に完成。その霊に捧げられた。ヒロインの田鶴子は20歳の女子大生。母を早くに亡くし、旧軍人の父親と継母とその娘と一緒に暮…

『恨の焔:悲劇小説』 遠藤柳雨

(うらみのほのお)1915年(大5)樋口隆文館刊。前後2巻。作者の遠藤柳雨(りゅうう)については生没年を含めほとんど不詳。明治末期から大正時代にかけて明瞭な現代口語文体で悲劇小説を書いた。 地方の富豪の息子が東京の大学で学ぶために上京し、同郷の…

『秘密の女』 山田旭南

1912年(明45)日吉堂刊。タイトルの意味は「隠し子」である。三河島の富豪がかつて保養先の千葉の鹿野山神野寺の土地の女に産ませたのだが、死を目前に遺言の執行人として寺の僧侶を指定した。その子お糸だけに血統があり、外には後妻とそれに密通した番頭…

『夜半の嵐』 泉清風

1919年(大8)春江堂刊。泉清風(せいふう)は大正期に欧米から輸入された無声映画のノベライズ本の作者として活躍した。数年で20数点を出している。しかしノベライズ本の多くは、写し出された映像に従属して語りを加えるためか、普通の小説本や講談本に比…

『横山花子』 渡辺黙禅

1913年(大2)樋口隆文館刊。前後2巻。前に読んでいた「千里眼」の後日譚である。幼児だったヒロインの花子が花も恥じらう19歳の娘に成長している。母親譲りの美貌が災いして強欲な実業家一味に何度もかどわかされそうになる。結局彼女は、その身上の転変や…

『ほととぎす』 規子

1912年(明45)湯浅春江堂刊。もともと「不如帰」(ほととぎす)は徳富蘆花の小説で、1900年出版されると当時の大ベストセラーとなった。相思相愛の幸せな結婚をしながらも、頑固な姑や片恋慕の男の諌言、結核への羅患などで離婚を余儀なくされ、悲惨な中で…

『新聞売子』 菊池幽芳

1900年(明33)駸々堂刊。前後2巻。インド帰りの英国人技師と彼を恋い慕って密航してきたインド族長の娘、ヒロイン摩耶子の物語。原作者が明記されない英国の小説からの翻案だが、人物を和名に変えた以外はほぼ現地の地名で、風物・習慣の描写もそのままで…

『月に叢雲』 河原紅雨

(つきにむらくも)1916年(大5)樋口隆文館刊。前後2巻。台湾から帰任したばかりの軍人の父親が謎の失踪を遂げる。さらに養育してくれた叔父夫婦が中国に移住したため、ヒロインの清江は身寄りもなく、鵠沼の寺に預けられる。と、ここまではよくある悲劇小…

『恋の魔風』 水島尺草(もみぢ)

1920年(大9)大川屋書店刊。この版元ではジャンル別に袖珍本を「○○文庫」と名付けて発刊していた。特に悲劇小説、女性路線については「柳文庫」と呼ばれていた。タイトルが「恋の魔風」という作品は当時少なくとも3点の同名異話のものがある。他に小杉天外…

『怨と情:悲劇小説』 山田松琴

(うらみとなさけ)1920年(大9)樋口隆文館刊。前後2巻。「覆水盆に返らず」の例えの通り、一度破綻させた恋愛を「結局元の鞘に」と願っても容易に叶うものではないというドロドロの愛憎劇。 作者の山田松琴(しょうきん)は明治13年、名古屋生まれの女流…

『因縁二本榎』 島田孤村

(いんねんにほんえのき)1913年(大2)春江堂刊。作者島田孤村(こそん)についてはほとんど情報がないが、春江堂専属の通俗作家だったようだ。東京高輪の二本榎にまつわる因縁話ということで、一見探偵小説風に始まるが、話の骨組みが弱く、そのまま江戸時…

『恋の魔風』 秋葉生

(こいのまかぜ)1913年(大2)日吉堂刊。作者の秋葉生は当時のある作家の別号ではないかと思われるが、誰なのかは突き止められずにいる。極悪非道な高利貸の親の遺した娘が清楚な美人であることはよくある悲劇小説の一パターン。実母も早くに亡くしており、…

『恋の怨』 武田仰天子

(こいのうらみ)1917年(大6)樋口隆文館刊。武田仰天子(ぎょうてんし)は明治から大正にかけての新聞小説家として人気があった。版元の広告には《武田仰天子君の作には、此の人独特の一種の妙味が有りますので、それで多数者に愛好せられるのでありますが…

『憐なる母と娘』 橋本埋木庵

1916年(大5)樋口隆文館刊。前後2巻。版元の広告文によると、日清戦争で戦死した軍人の遺された妻子の悲劇的実話に基づいているという。その美貌が仇となって、横恋慕された妻は義弟夫婦の姦策により金満家の男に凌辱される。明治の頃の小説には性愛に関す…

『猫の巻』 山下雨花

1900年(明33)駸々堂刊。題名が面白そうだったので読み始めたが、結果的になぜ猫と付けたのか意味不明。事業投資や株式相場の浮き沈みで人生を翻弄された一家の話が中心となっているが、物語としての筋の組立て方があぶはち取らずで最低だった。途中で挫折…

『伯爵夫人:千葉情話』 青木緑園

1917年(大6)文芸社刊。作者の青木緑園は脚本家出身だが、明治末期から大正にかけて、悲劇小説という恋愛物の通俗小説を多く書いた。前半の舞台は伯爵家が別邸を構える赤羽岩淵付近。当時はまだ小作農たちが貧しい暮らしを送る田舎だった。別邸で気ままに暮…

『女金色夜叉』 篠原嶺葉

1925年(大14)樋口隆文館刊。前後2巻。作者の篠原嶺葉(れいよう)は尾崎紅葉・硯友社の門人と考えられるが、生没年とも不明。明治・大正期に活躍した通俗作家とされている。尾崎紅葉の「金色夜叉」をモデルにした便乗作と言ってしまえば簡単だが、文章は…

『うらみの片袖:悲劇小説』 青木緑園

1918年(大7)中村日吉堂刊。作者、青木緑園に関しても生没年や略歴が不詳のままになっている。当時人気があった活動写真(映画)のノベライズ本も数冊出していて、脚本部主任という肩書もあったので脚本家出身とも言えそうだ。特に中村日吉堂のほぼ専属作家…

『奇縁』 渡辺霞亭

1914年(大3)隆文館刊。口絵を切り取った後らしく、本の表紙から口絵と本文の最初の2頁までが欠落していた。当時は口絵だけ集めるためにこうした切り離しは少なくなかったようだ。別途「木版口絵総覧」から鏑木清方のものと判明。この一枚の絵を見ただけで…

『魔の笛』 渡辺黙禅

1919年(大8)樋口隆文館刊。前後続篇の全3巻の長編小説。オランダ植民地下のインドネシアのバタビヤ(現ジャカルタ)が主な舞台。妖艶な美人魔術師ジャグラー京子と現地でゴム園経営を失敗した日本人青年甘露寺滋との恋愛模様を挟みながら、日本領事一家と…