明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『神変呉越草紙』 白井喬二

神変呉越草紙:白井喬二

1926年(大15)衆文社刊。河野通勢・画。

1969年(昭44)学芸書林刊、定本白井喬二全集6、御正伸・画。

1970年(昭45)番町書房刊、日本伝奇名作全集1、小島剛夕・画。

 

神変呉越草紙:白井喬二、御正伸・画

典型的な伝奇小説だろうが遍歴小説とも言えるような展開だった。主人公の相模竜太郎は、漫然と士禄を食む暮らしに飽きて、緊張感とやりがいを求めて浪人になり、家屋敷を売り払い、妹の藤乃を連れて旅に出る。しかし最初に会った仙人の指摘で、自宅の屋根裏から、山中に隠された財宝の在り処を示す地図を見つけ出し、まだ見知らぬ異母兄を頼って秩父を目指すことになる。

 

神変呉越草紙:白井喬二、御正伸・画神変2

まだ年若さが目立つ兄妹の一行だが、武芸よりも妖術や幻術、もしくは山の民の智恵に長ける人物たちとの遭遇を経験していく。竜太郎は剣技よりも弁舌と態度で対抗するが、「どうでもなれ」というような浅薄な度胸を見せることがしばしばで、諧謔味も加わる。兄妹のどちらにも恋愛沙汰が描かれないのもこの作品の特異な点かもしれない。

 

途中には、水戸黄門、宇喜田秀家、徳川家光などの歴史上の偉人も登場するが、すべてが遭遇の一挿話に過ぎず、物語全体が遍歴譚として流れて行く。古文書への言及や衒学的な術語の用法などは擬古的を装わせる筆法かもしれないが、今となっては猥雑にも思えた。☆☆

神変呉越草紙:白井喬二小島剛夕・画

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/978196/1/5

https://dl.ndl.go.jp/pid/12556604

この作品は大正末期から終戦直後まで繰り返し再刊され、多くの版で挿画が入れられた。大正末期の衆文社版では、河野通勢のカリカチュア風の挿画が興味深い。

神変呉越草紙:白井喬二、河野通勢・画

「実はこの頃泰平打続きて世の中さらに興味なく、このままで月日を送るはこれいわゆる酔生夢死、張合何となく抜けて士禄を食(は)むが苦痛になったる故、思い切って浪人致し序でに秩父とやらの異母兄の様子も訪ねてみる心算(つもり)、それから先のことはどうなることやら一向目当ある訳ではござらねど!何地何処(いずちいずこ)の端なりとも露更厭わねど何かこの身に緊張(はり)の起るようなところがあらば。そこへ参って生甲斐ある月日を送りたいと存じます。」(相模兄妹の巻)

 

神変呉越草紙:白井喬二、河野通勢・画神変2

《髪は漆のやうな垂髪、年は十六七、其の容態(すがた)の美しいことは未だ春を知らぬから純潔無比だ、フックラ下膨れの色が白くその瞳の綺麗なこと、その瞳は鴒瞳(れいどう)といってこの瞳の中に鶺鴒(せきれい)の雌雄が一匹づゝ遊んでゐるけど未だ隣の瞳に相手方が居るといふことを気付(きづか)ずにゐると云ふ瞳だ、それに気が付くと最う瞳は美しくなくなる。盛んに活動するやうになって是れが所謂色目と云ふことになる…兎に角くその美しいのに魂を奪はれてゐると娘はしとやかにスーッと下に座る。』(湖上舟行)



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