明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『奇想天外』 篠原嶺葉

 

1908年(明41)大学館刊。正続2巻。明治後期の新聞小説は、読者の興味を引こうとして題名を奇異なものにすることが流行した。

嵐の夜に渋谷の森の中で一人の代議士がピストルで殺害された。その死体をヒロインが発見するのだが、関係者たちほぼ全員それぞれ別の理由でその付近にいたことがわかる。しかし警察の捜査では犯人は探し出せなかった。物語の背景にあるのは日清戦争で、1894~95年の一年半の期間である。この戦争については今となっては人々に忘れられているが、当時は「帝国開闢以来の大戦争」と考えられ、国内党派間では主戦論と和平論とが熱く議論されていた。間諜(スパイ)の活動も活発で、ヒロインに横恋慕する朝鮮人の男がストーカーのようにつきまとうが、彼女は出征前に恋人と急いで結婚する。

物語の後半は朝鮮半島を戦場にした夫の中尉の活躍を描く。その彼が捕虜になったという情報がもたらされ、彼女は父親と共に戦場に向かう。まともな論理では、戦場の夫のもとに妻が駆けつけるなどということはあり得ないが、ここでは意外にも許され、従軍看護婦に収まる。現地に戻った間諜の男の姦計の罠に陥るなど、小説上のネタが盛り込まれるが、どうしても作り物、絵空事の感は否めない。最後に冒頭の殺人事件の謎も解かれる。文体はよくこなれて会話部分も多く、読みやすい。☆☆

 

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は作者不明だが、当時この大学館の版元で多くの口絵を描いていた三井萬里かもしれない。

https://dl.ndl.go.jp/pid/886018

 

 

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