明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『銀の鞭』 加藤武雄

1930年(昭5)新潮社刊、「長篇三人全集第5巻」所収。

 

加藤武雄(1988~1956) は新潮社で文芸誌の編集に携わった後に作家生活に入った。昭和の戦前、戦中、戦後を通して、それぞれの時勢に合わせた作品を書いた。純文学者か通俗作家かをしいて区分する意味はないと思われるが、彼はその豊満な筆力と巧みな構成力とで、多くの長篇小説を残した。昭和初期には新潮社から「長篇三人全集」と銘打って、当時人気のあった三上於菟吉中村武羅夫とともに全28巻を分担して出している。

 

東京の女学校に通う三千代、幸子、初子の仲良し三人組は卒業を前にして今後も一生の間親交を保ち続けようと誓う。しかし三千代はいきなり田舎の実家から呼び返されて学校を中退し、望まぬ結婚をさせられ、悲嘆にくれる。家業の倒産回避のためであった。一方、幸子は婚約を踏みにじって社会主義活動家のもとへ走る。そして三千代が思いを寄せていた謙輔はすさんだ生活に陥る。互いの愛情が時間や状況の変化によってその純粋さは変容し、すれ違いや誤解も生じ、板挟みになって困窮する心象を丁寧に描き出している。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用

https://dl.ndl.go.jp/pid/1179294

口絵は岩田専太郎



「どんな事があらうとも、家の為めに娘を犠牲にするやうな、そんな旧弊な真似は断じてしないつもりだった。親には親の生活があり、子には子の生活がある。そのくらゐの事は俺にもちゃんとわかってゐる。ちゃんとわかってゐながら、お前にこんな問題を持ち出すことになった俺の気持も苦しいのだ。何しろ、外にどうする事も出来ない、切羽詰まった場合になってしまったのだからな。」(既に遅し)



「私、思ふのよ。愛ツてものは、どんなに残酷なものなんだらうと、本当に人を愛するツてことは、辛い悲しい事なんだわ。一人の人を本当に愛する為めには、幾人の人を犠牲にしなければならないでせう? どんなに仲好しのお友達にだって、愛の為には背かなきゃならないのよ。親にだって、兄弟にだって、愛の為には背かなきゃならないのよ。背かなきゃならないばかりぢゃない、敵にして戦はなきゃならない場合だってあるのよ。でも、仕方がないわ。」(母の為めに)

 

 

 

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