明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『徳川家金蔵破の件』 菅谷与吉・編

 

1893年(明26)日吉堂刊。この作品の作者名は明記されていない。奥付に編者として記されたのは版元の社主だった。明治20年代は社会体制の安定、言文一致体の浸透、印刷技術の向上などによって多様な出版文化が花開いた時期だった。特に探偵小説はまだ犯罪実録的な内容だったが、第一次ブームとして広く読まれた。

 この事件も江戸末期の安政年間に騒がれた実話で、江戸城の御金蔵から千両箱2つを盗むという大胆不敵な犯行だった。明治維新から10年余り昔に遡るのだが、それだけ江戸時代は近かった。本文は漢文調で統一され、読みにくさはあるが、文体は整っており、しかもルビが付されていたので、何とか読み通すことができた。

 金蔵破りのテーマよりは、禁断の恋の通い路、つまり隣り合った武家屋敷の下級武士と旗本令嬢との交情がメインなのだが、(ネタバレをぎりぎり回避して言えば)身元の「なりすまし」がスリルと混乱を誘発し、まるで西洋の恋愛譚を彷彿とさせて面白かった。金蔵破りの方はあっけなく成功するのだが、その後、奉行所、捕り方の地道な努力で犯人を追い詰め、理詰めで自白に至らせた経緯で、江戸時代の法治制度のレベルの高さを再認識した。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/881697

表紙絵、挿絵は作者不明。

 

 

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