(しんけい・かさねがふち)1888年(明21)井上勝五郎刊。三遊亭円朝の代表作の一つ。円朝は明治の早い時期から口演速記本を出しており、古風な漢文調から現代的な言文一致体に切り替わるお手本となった。古くから「怪談累ヶ淵」の話はあったのだが、円朝はその「後日談」としてこの作品を21歳で作っていた。これは怪談ではなく因縁話になっていると思う。冒頭に本人が語っているように、幽霊が出たと思うのはその人間の神経のせいだとして、当て字の「真景」を用いた。累ヶ淵は下総国羽生村、現在の茨城県常総市羽生町の鬼怒川辺にある。付近に法蔵寺もある。江戸の根津に住む高利貸の按摩の督促に腹を立てた御家人が彼を斬り殺した事から、悪因縁がその親族や関係者たちへ広がって行く。円朝の語りの巧みさは当然ながら、迫真の描写力、ストーリーテラーとしての構想力は並みの作家の力量を凌駕している。全部で97席という超長丁場に付き合うには人物群像の関連図などをメモする必要があった。読み応え、聴き応え十分な傑作である。☆☆☆☆☆
《悪い事をせぬ方には幽霊といふ物は決してございませんが、人を殺して物を取るといふやうな悪事をする者には必ず幽霊が有りまする。是が即ち神経病と云って、自分の幽霊を背負って居るやうな事を致します。例へば彼奴(あいつ)を殺した時に斯ういふ顔付をして睨んだが、若しや己(おれ)を怨んで居やアしないか、と云ふ事が一つ胸に有って胸に幽霊をこしらへたら、何を見ても絶えず怪しい姿に見えます。》(第一席)