明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『美人冤罪死刑:探偵実話』 狂花園主人

1896年(明29)11月~1897年(明30)11月 雑誌「人情世界」連載、日本館本部発行。

 

(びじんむじつのしけい)狂花園主人も版元日本館所属の記者作家と思われるが、生没年を含め詳細は一切不明。この作品も連載後に単行本化されたようだが、現在デジタル・コレクションで読めるのは明治期の雑誌連載の形でのみという稀少なものである。

 暴風雨の夜に豪商の家に忍び込んだ女賊に主人が殺害および放火される事件が起きる。この犯行には養女のお玉を死罪に陥れる策略が真犯人たちによって念入りに組まれており、警察側にもそれを見破ることができなかった。何とかその冤罪を晴らそうと動いたのが、お玉と愛人同士だった園井警部なのだが、彼自身も共犯者として捕えられ収監されてしまう。唯一の頼りは仲間の会川探偵のみで、もつれた謎を身体を張って解いていく。同姓同名の二人の人物を存在させるなど、読者さえも混乱させるトリックもあり、なかなか入り組んだ仕掛けになって読み応えがあった。ただし登場人物の数が多過ぎて、チョイ役の名前までゾロゾロ出さないほうが頭の整理になるような気がした。(それもミステリーのテクニックだろうが)地の文は漢文調で格調があっても次第に読みやすくなった。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1601376

口絵および挿絵は楊斎延弌または延一(ようさい・のぶかず)



《幾年(いくとせ)跡に棟上(むねあげ)の祝ひをせしか屈(かずな)ふ指も数知れず、軒端(のきばた)傾き壁落ちて、見る影もなき白屋(あばらや)に住まふ三人(みたり)の親子あり。斯(かか)る伏屋に侘寓(わびずま)ひ、其日の煙も立難(たちか)ぬる、貧乏人に似もやらず、言葉遣ひや身の挙動(こなし)は、由緒(よし)ある人の零落(おちぶれ)と近隣(きんじょ)の風説(うはさ)も無理ならず。》(其一)



(付記)この雑誌では読者からの俳句・狂句の投稿も募集していて、「この小説を読んで」発句したという投稿も掲載された。

 

また文中、其の四十二回の小見出しに「此の地に居るのは危険い(やばい)」という言い方が出ていて、当節の「ヤバイ」の用例はこの時代からあったことがわかる。

 

 

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