明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『花の放浪記』 夏目千代

1953年(昭28)10月~1954年(昭29)12月 雑誌「婦人生活」連載。

1956年(昭31)朋友社刊。(プラタン叢書)

 

 戦後昭和の女流作家は大抵名前だけは知っていたつもりだったが、この夏目千代は知らなかった。40歳近くになっていきなり処女作の長編を婦人雑誌に連載するというデビューの仕方だった。これは作者の半生記そのもので、すべての人物を実名で登場させている。祖母が端役の映画女優だったことから、彼女も舞台女優や映画女優の道を歩もうとしたが、やはり芽が出ない状況を諦めた矢先に、プロ野球投手の沢村栄治に出会う。恋を知った彼女はそれまでの人生への冷ややかな眼差しががらりと変わる。一途に思い続ける、ひたすら待ち焦がれる、そして恋敵へ嫉妬する女心が率直に描かれる。恋愛における沢村は二股三股を掛ける優男であり、彼女の人生を天国から地獄へと翻弄する。結局、彼の戦死が大きな区切りとなった。自らの体験を赤裸々にしかも生き生きと書き続けた筆力には感銘を覚えた。☆☆☆☆

 

 夏目千代 (1915- ?) はこの作品以降、各文芸雑誌に中編や短編を折に触れ載せていたが、この作品を超えるものは出なかった。1980年代以降は消息不明。没年も不明。

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用

https://dl.ndl.go.jp/pid/2324899/1/45

https://dl.ndl.go.jp/pid/1644941

雑誌連載の挿絵は栗林正幸。

 

《私の生涯を粉々にした憎い沢村・・・その沢村が憎めないで、私は、相手の女ばかり呪っているのです。憎めないことが悲しかったのです。これが、女でしょうか、女の悲しさなのでしょうか―――。そして、まだ、未練に背を向けられた愛情に縋っている、これが、宿命的な女の業なのでしょうか―――》(冷たい壁)



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