明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『花と波濤』 井上靖

1953年(昭28)1月~12月 雑誌「婦人生活」連載。

1954年(昭29)講談社刊。

 

 井上靖を読むのは何十年ぶりかになる。地方都市の裕福な医者の家に育ったヒロインの紀代子は京都の叔母の許に寄宿して、何か仕事を見つけて働こうとするが、生活に追われる境遇でもない。郷里に残った幼馴染の文学青年と、京都で知り合った遠縁の学究肌の青年と、偶然出会った人当たりのいい中年の彫刻家との三人との関係を通しながら自分にとっての真の愛情とは何なのかを考え続ける。

 異様に思えるのは、彼女が驚くほど積極的に、ある意味では無防備にも彫刻家の男の誘いに応じ、名所見学と食事を共にすることで、しかもその機会を自分から追い求め続けるのだ。恋愛の成立には互いの過去、年齢、性格、趣味、教養などで左右されるが、彼女の場合には三人の男性のいずれに対しても割り切れるところがなく、モヤモヤが続く。それが心理描写に陰影を深めていた。☆☆☆



国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/2324889/1/61

雑誌連載の挿絵は伊勢正義。

 

 

《女というものは、自分をこの世で一番強く求めている男性へ、自分を与えるべきではないだろうか。義之以外に、誰が自分のために、生命を棄ててくれるだろう。少なくとも、義之にとっては自分という人間は絶対であったのだ。》(真珠)



「女って、自分の坐る椅子がほしいんじゃあないでしょうか。きっと、何かお仕事を受け持たせてほしい、そんな気持だと思いますわ、(…)きっと、自分が居ないと、この人は駄目だといったような、そんな自分の坐る場所がほしいんだと思いますの」(初秋)



 

 

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