明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『君失うことなかれ』 富田常雄

君失うことなかれ:富田常雄

1953年(昭28)東方社刊。

1958年(昭33)東京文芸社富田常雄選集第8巻所収。

 

 タイトルの「失ってほしくない」と願うのは、女性の心と身体の両方の処女性と言えるものを指していると思われる。ここでも終戦直後の東京郊外の世相が背景となり、開放的になった男女関係、特に姦通や堕胎の問題を産婦人科の女医歌子とその妹の教師秀子の生き様を中心に描いている。他に下宿屋を営む未亡人、そこに住む貧乏画学生と放蕩者の大学生、元連隊長という自尊心を捨てて細々と鰻屋の屋台を張る中老の男など、人物像の書き分けも巧みで読後感が充たされた。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1660295

 

君失うことなかれ:富田常雄2

《甘い囁きというものは理屈に合わず、つじつまが合わず、少々、狂気じみていようとも、当事者には苦にならない。ただ、熱烈であることだけが必要であった。》(恋愛選手)

 

《彼も亦(また)、絵のみに生き、絵のために死ぬことを願う青年という点で、世俗的には変人である。敗戦後の社会の風潮に押されて、美校の生徒達は極めて世俗的になった。せち辛い世を感じたかのように、彼等は往年の蛮風を発揮せず、黙々と自己の造形の世界に還ることに、最善の安住を見出すようになったが、その一面、小心な世俗に迎合するようになった。》(春の夕立)

 

《未亡人は腹を立てていた。自分自身に返って来る立腹ほど始末にこまるものはない。怒りを敲(たた)きつける対象がない時、人間は狂おしくなる。未亡人はその怒りの為に、ヒステリカルに「死んでやりたい」と思ったに過ぎないが、(…)その思いは次第に現実性を帯びて来た。》(春の夕立)

 

《姉はこれ以上、追究すべきではないと思った。妹は美しく聡明だと考えている。この処女を捧ぐべき男性を百万人のなかから選びたかった。一片の、姉としての矜持かも知れない。それまで、失うことなかれと心ひそかに祈ることは姉妹の愛情である。ただ、こればかりは彼女の思うに任かせない。鈴木某という憎むべき色魔の奸計に陥って、妹が肉体を失なったといって、これを責め、さいなむことは出来ない。いかにも残念だが、その場合は妹をもう一度、心理的に処女の境地へ復帰させなければならない。》(白と黒)

 

 

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