明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『千里眼』 渡辺黙禅

 

1913年(大2)樋口隆文館刊。前後続の全3巻。明治改元直後2~3年の社会制度の定まらない混乱期における、新橋の美人花形芸者梅吉とその一子花子の波乱万丈の物語。タイトルの「千里眼」は花子に備わる透視能力のことを指すつもりだったが、この3巻ではまだ彼女が幼児なので、意味が合っていない。作者黙禅特有の壮大な構想による筋立てで、人身売買や海賊船などの危難とそこからの救済とがジェットコースターのように連続する。明治政府の立役者である森有礼江藤新平も登場し、廃刀令などの歴史的な事象に迫真感を与えている。「千里眼」の持ち主「横山花子」に関してはさらに2巻の後日譚が用意されている。☆☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は前篇:川上恒茂、後篇:鈴木錦泉、続篇:歌川国松。

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《多寡の知れた人間の掃溜め、オッチョコチョイの寄り集まった此の娑婆で、大きい面の己惚れを看板に、莨(たばこ)の煙のやうな名誉と豚の糞も宜しくの金銭とを、後生大事にひけらかし、五六十年も経てば消えて無くなるものと定まっている泥細工の身体に、呉服屋の肥料になった赤い物や紫のペラペラとした布を矢鱈に巻きつけて、さァ偉からう、見て呉れと独り嬉り(よがり)、異う(おつう)澄ましてござるとは、何たる狂人(きちがひ)ぞ。》(後篇十八)

 

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