明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『美人殺』 島田美翠(柳川)

(びじんごろし)1896年(明29)駸々堂刊。探偵小説第10集。明治中期の探偵小説ブームで続々と刊行されたシリーズ本の一冊。この一年後には島田美翠は柳川と名前を変えて、言文一致体に切り替えている。この作品ではまだ叙述部分は文語体になっている。(下記参照)

若い娘の水死体が発見されるが、最初は身投げかと思われた。しかしその口の中に人の手の小指の一部が嚙み切られて入っていたのがわかって、警察の偵吏による事件の捜査が始まる。片手の小指が失われた人物を探す中で、偶然目にした人物や謎の手紙や待合茶屋の隣室の会話の立ち聞きなど、幸運に恵まれる捜査の進展に「そんな甘いもんじゃないはず」とつい思ってしまう。ミステリー黎明期の謎解きの素朴さと割り切るしかないのだと思う。また現実の事件でも被疑者の「黙秘」は大きな障壁となるが、この作品でも手こずった末に「白状」に至るのは、勧善懲悪の教訓が不可欠とされた時代の必然だったのだろう。☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/887924

 

《一時は恋に迷ひし両人(ふたり)も今は全く悟りたり。一時は色に迷ひし両人も今は全く醒めたる如し。嗚呼その恋その色は両人が生命(いのち)を縮めし種なり。恋せずばこの罪も犯さず、色に迷はなばこの悪事も犯さざりしものをと想へば、今は恋こそ仇となりて懺悔の意(こころ)むらむらと湧き、其宣告を受たる時はさしも非道の両人も顔色(がんしょく)土の如くになりぬ。》(十七)



*関連記事:『瀧夜叉お仙』 島田柳川

ensourdine.hatenablog.jp/entry/2022/12/18/202849

 

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