明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『鉄鎖殺人事件』 浜尾四郎

 

(てっさ)1933年(昭8)新潮社刊。「新作探偵小説全集」第6巻。検事出身の私立探偵藤枝真太郎の活躍する長篇推理小説の一篇。銀座の裏通りにある事務所に入り浸る語り手の「私」を含め、ホームズとワトソンの枠組みの居心地の良さがある。タイトルは、被害者が刺殺された上に鉄の鎖で縛られていたことから来ている。目次でもわかるように、立て続けに関係者が殺害される事件が発生し、対応しきれないほどになるが、後から考えると「なぜそこまで殺し続ける必然性があったのか?」という大きな疑問と、登場人物の中から容疑者となる可能性のある人物が消えて行く心細さがあった。ミステリーでは、犯人は登場していることが鉄則だからだ。語り手「私」の恋情が冷静な判断力を奪う点は面白かった。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1179091/1/205

挿絵は阿部金剛



《一体藤枝は検事出身だけあって、殊に痩せぎすの長身であるから快活とか朗らかとか云う分子は少なく、冷徹とか辛辣とか云ふ分子に富んでゐて、人からはどっちかと云ふと陰性と見られてゐた。永年交際(つきあ)っている私は、彼が多少皮肉な人間である事は認めるが、むしろ男性的要素が多分にあると思ってゐる。彼の鋼鉄のやうな意志と、鋭い推理と、職業的意識とが、多少彼の情意を歪めたのだらう。彼の女性嫌悪の如き、その現はれの一つだと思ふ。》(第三章:怪紳士)

 

《どうした風の吹廻しか、掃溜に下りた鶴のやうな女性が一人ゐた。年の頃は二十一二だらう。背はスラリと高い方で、着物なり持物なりは大したものでなく。先づ中流以下の娘らしい。肉付も相当で、顔は丸くもなし、長くもなし、皮膚の色も肺病やみのやうな生白さでなく、クリーム色の健康色である。が、なんと云っても、耐(たま)らないのは彼女の眼だった。澄み切った大空のやうに、朗かで、透き徹ってゐて、智的で、情熱的でーどんなに副詞や形容詞を持って来たって説明し切れるものではない。兎に角、私の耐らなく好きな眼だった。私は忽ち彼女に魅せられてしまったのである。》(第四章:消えぬ過去)



*関連過去記事:『博士邸の怪事件』 浜尾四郎

ensourdine.hatenablog.jp

 

 

 

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