明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『涙美人』 丸亭素人・訳述

涙美人:丸亭素人

1892年(明25)今古堂刊。

 

丸亭素人(まるてい・そじん)(1864-1913)は記者作家の一人だが、黒岩涙香とほぼ同世代で、涙香が確立した西洋小説本の訳述業にまるで「二匹目の泥鰌」のように追随して活躍した。涙香が中断した連載物の「美人の獄」を引き継いで完訳したことでも知られる。明治中期の訳述本のスタイルは、人物名は日本人名、場所も当初は日本に置き換え、挿絵も江戸風俗の慣習を残したものが多かったが、次第に場所は西洋の現地、挿絵も洋間に洋装の男女がいる風景に変わって行った。(人名だけは和名表記がしばらく残った)

 

涙美人:丸亭素人2

『涙美人』の原作は米国の当時ベストセラーだったという小説だが、原作者も不詳。乳飲み児を抱えたヒロインが困窮して路頭に迷い、実家でも玄関払いされるという愁嘆場をこれでもかと描き出す。明治期の悲劇小説と心情が相通じるのは、同時代的な社会感覚だったからかも知れない。

丸亭の文体は、地の文は文語体で涙香と同じ調子だが、会話部分は軽快でこなれているものの、駄弁が多く(原作のせいもあるが)読み飛ばしても大勢に影響がなかった。彼は病弱であったらしいが、かなりの訳本を残しており、涙香の金字塔の脇を固める人物であったと認められる。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/871839

口絵および挿絵は後藤芳景。

 

涙美人:丸亭素人3

涙美人:丸亭素人4



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