明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『奇美人』 小栗風葉

 

1901年(明34)青木嵩山堂刊。小栗風葉はかなりの多作家であった。晩年は代作者や翻案も多かったようだが、物語の構成に工夫をこらした、読んで親しみやすい作風だと思う。この作品は彼の20代半ばのもので、当時言文一致体はまだ完全には定着しておらず、地の文は文語体の美文調になっている。最初は読みづらいが、我慢して読み続けるうちに慣れてくる。会話部分はそのままの口語体なので落語や講談と同じように読める。主人公は夜の上野公園で見知らぬ美女から「悪い男に追いかけられているから助けて」と声をかけられて事件に引きずりこまれるが、彼はたまたま刑事であり、美女に興味を引かれつつ、その奇妙な行動の連続に戸惑いながら追跡する。探偵活劇として楽しめた。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は筒井年峰。

dl.ndl.go.jp

 

《春は葩(はなびら)の雪を降らす櫻の木の間、夏は涼風を産み出す木立、秋は染むる霜に錦織出す紅葉と、絶えず人の風流(みやび)心を誘ひ出す上野公園も冬は流石に枯尾花、淋しく梟(ふくろう)時雨の寂寞(しづかさ)に呟き、野狐寒月に叫ぶとかや。》(書き出し)



《今ぞ昼と夜の境なる薄明り、判然と認めはつかねど、立ちたる者は女にして、女は黒縮緬の羽織に糸織の小袖を重ね水浅黄のおこそ頭巾に顔を包みたり。頭巾は女を美しく見すると云へど是も亦凄きまでの美人。出したる目のみにて確かに千両の価値はあらん。只(ただ)玉の瑕疵とも云ふべきは右の魚尻(めじり)にある大黒子(おおほくろ)なり。》(第一回)

 

「やい此の野郎何だって人の話に耳を立てるんだ、なに然(さう)ぢゃねえ、然でねえ事があるか箆棒奴(べらぼうめ)、手前のやうな唐変木に其様(そんな)真似されて黙て(だまって)居る兄たァ違ふぞ、悪かったら悪いで謝りやァ堪忍しねえもんでもねえが、悪く紙(しら)を切りやァがるだけが憎くひや、なに謝る、へん馬鹿野郎、人に云はれてから謝りなんざァ手前にくれてやらァ」(第四回)

 

 

 

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