1935年(昭10)黒白書房刊。
1950年(昭25)12月、雑誌「富士」に「体温計殺人事件」再掲載。
中篇の表題作「体温計殺人事件」の他、「黒木京子殺害事件」、「百万長者殺害事件」の2篇を読んだ。いずれも昭和初期のもの。「体温計」は辺鄙な漁村の外れに人間嫌いの富豪が建てた洋館の別荘で起きた密室殺人事件。表題の体温計と言えば、昔は水銀を用いたものがほとんどだったが、それを凶器とするには大変な手間が必要だった。当然誰が犯人かとは言えないが、途中に老松の伐採による祟りとか、公金横領とか、廃測候所の奇人とかの挿話を絡ませたのは伝奇的な味わいを深めていた。3篇とも哀愁を秘めた表情の美人の若妻が出てきて、事件への関与を疑わせる謎の行動をするというのが、甲賀氏の得意のパターンである。それぞれ味読できた。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1238378
https://dl.ndl.go.jp/pid/3561689/1/136
雑誌掲載時の挿絵は玉井徳太郎。
《民谷はなよなよと崩れかゝった夫人の姿態を眺めながら、美しい人は、それが泣いてゐる時でも、怒ってゐる時でも、掻き口説いてゐる時でも、それぞれに耐(たま)らない魅力があるものだなと思った。と同時に、夫人の態度が真剣なのか、芝居なのかと考へずにはゐられなかった。もし芝居とすると、之れは餘りに真剣味のあり過ぎるものだった。》(百万長者殺害事件―狂態)