明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『女学生』 藤沢桓夫

女学生:藤沢桓夫(たけお)

1947年(昭22)新太陽社刊。

 

 終戦直後の大阪の寄宿舎のあるミッションスクールが舞台となっている。夜の庭園を散歩していたヒロインの目の前に青年が塀を乗り越えて入って来た。アルセーヌ・ルパンまがいだと思って黙って見ていたが、やがて気づかれてやむを得ず話を交わし、温室へ身を隠すように示唆する。一見ミステリー風だが、異性との交流を通して目覚めていく女性心理の揺れ動きを細かに綴っている。戦時中の国粋的な思想統制の時代からたった1~2年でこうした自由で活気のある感情表現が可能になったことは、魔法の呪文でもあったのかと不思議に感じられる気がする。物語の推移は婦人雑誌で連載されたかのように「お行儀のいい」ものだった。☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1133217

 

女学生:藤沢桓夫2

《どこの都会でも復興は盛り場が一番に速い。この辺がこの間までは焦土であったのかと疑はれるくらゐ、難波駅前から千日前、道頓堀、心斎橋筋にかけて、すっかりもう新しい町の顔が出来上ってゐた。それらの半バラックの建物の過半が飲食店だった。似たり寄ったりの食堂、小料理店、喫茶店、フルーツ・パーラーなどが、これでもかこれでもかといはぬばかりにけばけばしく軒を並べてゐる有様は、凄まじいといふよりは、何か狂気染みてゐた。俗悪な流行歌のレコードが拡声器をつたって街上にまで流れ出し、商店街もおほかた出来上ってゐた。》(土曜日)

 

《軽くカールした髪の毛が見え、形のよい右の耳が見え、優しい生へ下りの毛が見え、どこか草花のやうにあでやかなうなじの線が見えた。長いまつ毛の先きも見えた。そして、清は、彼女に気づかれずに、ひそかにこの後方の位置から彼女の美しさを見守ってゐる自分に、不思議な喜びを覚えた。》(横顔)



 

 

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