明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『白鳥は告げぬ』 藤沢桓夫

白鳥は告げぬ:藤沢桓夫

1957年(昭32)東方社刊。

(しらとりはつげぬ)京都の映画撮影所の脚本部に勤めるヒロインの筧梨花子の兄は、失恋がもとで自殺していた。その相手の男女は若手監督の宮崎と女優の笛美なのだが、彼女は何とか亡兄の復讐をしたいと思い続けている。憂いのある美貌の梨花子はふとしたことで新人女優として彼らと一緒に映画を撮ることになる。共演する男優をダシに、彼女は巧みに笛美の高慢な自尊心を傷つける行動に出る。映画の中での二人の女の対立という設定も演技に皮肉にも反映した。

単身で復讐に挑む姿は可憐さを通り越した芯の強さが見られるが、読者の心情はそこに心の弱さが現われることを期待する。監督の宮崎は途中からヒロインの身元に気づくと同時に呵責の念と彼女に対する恋情との板挟みで苦しむ。人物たちの心情の変容もそれぞれ丁寧に描かれていた。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1356196

表紙絵は須田壽。

 

《――あたしは欲しい。あたしにはそれこそが必要なんだ。あたしの身体ごと投込んで、そして何もかも忘れて燃え上がることの出来るものが。……急に堪らない寂しさと狂おしさが彼女の身体中を駆け巡った。(…)梨花子は誰かのところへ飛んで行きたいと思った。誰のところへ?》(夜の鏡)

 

《――あたしは、あたしが少しは他のひとより美しく生れたために、こんなにいろいろな人を苦しめねばならないのだとしたら?・・・明眸有罪と言った言葉がふと彼女の頭に浮んだ。彼女はその言葉に、ヴァイオリンの高い音色のような一筋の悲しみを感じた。》(明眸有罪)

 

梨花子は、立花笛美と顔の合う日は、交わすたった一言の台詞にも白刃がかち合って火花を散らすような手応えを感じ、それだけに更に闘志が心の裡に盛上って来るのだったが、そして、復讐をするなどという感情はすっかり忘れてしまって、寧ろ仕事の張合いと愉しさをさえ感じるのだった》(憂鬱な人)

 

 

『白蘭紅蘭』 藤沢桓夫

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『君は花の如く』 藤沢桓夫

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『青い星の下で』 藤沢桓夫

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