明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『鏡と剣』 江見水蔭

 

1913年(大2)嵩山堂刊。前後2巻。江見水蔭の作品はこれまで活劇風の軽いノリのものを読んでいたが、これは少々異なった。母を亡くして後、気性の合わない継母との生活に苦しみ、家を出た10代の少年は銚子の漁村に住む乳母の許を頼るが、大人たちの貧しく醜い暮らしぶりを目の当たりにして、放浪の旅へと翻弄される。ふと田舎芝居の一座に救われ、娘役として雇われるようになる。タイトル中の「鏡」は母の遺品として所持し続けた物だが、女形役者としての自分の本性を暗示するようで、それが出生の秘密にも通じる感覚がある。しかし本来自分は軍人を父に持つ「剣」の血筋という自覚も打ち消せない。その二つの挟間で悩み続けるという一種の教養小説的な味わいがあった。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は宮川春汀。

dl.ndl.go.jp

 

 

《嗚呼(あゝ)知りたいのは真相である。如何して人の子は生れるのか。自分は如何なる形式に於て地球の上の一人と成ったのかと、子供の時の疑問と同じ程度に於て、抑(そもそ)も自分は何者の子かが知りたくて成らぬ。如何した秘密が自分の血の上に有るのだらうか、いや、秘密なんて無いのだらう。無い筈だ。》(三十四)

 

 

 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ