明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『つきぬ涙』 篠原嶺葉

 

1917年(大6)春江堂刊。前後2巻。

真情と義理との板挟みで人生を絶望するまでに追い込まれる女性の悲劇小説。相思相愛の仲の男女が親同士の仲違いゆえに結ばれず、男はドイツ留学へと旅立つ。その直後、女は実家の破産の危機に直面し、泣く泣く金銭ずくの結婚に応じてしまう。美貌でかつ才媛の女性は嫁ぎ先ではむしろ妬みの矛先とされるが、婚資によって救われた実家のためには針の筵でも我慢せざるを得ない。姑や小姑の身勝手なあしらいは壮絶に描かれている。実の親が死んだ後、親族が親身になれるのには限界があり、やはり人間は天涯孤独を覚悟せざるを得ないのかと思わせる。ジャンルとしての悲劇小説は、自然主義文学が絶望のどん底に追いやるのに対し、最後に何らかの光明を見出せるのにほっとする。☆☆ 

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/908738

口絵は川北霞峰。

 

「…生きながら地獄の底へ墜ちたやうに、日々毎日姑から責め苛まれるのも、皆な自分が招いた事だから、運命と諦める外ないけれども、こんな家庭へ嫁(かじ)附いて、あゝ言ふ夫と暮さうとは、夢にも思って居なかったのに、妙な運命を作り出したものだね……これと言ふのも、私の意志が弱いから起こった事だ。私が個性の尊重すべき事も、人の現世(このよ)に生れて来た、深い意義をも知って居りながら、松浦家の為に犠牲に成る決心したのが悪かったのだ……しかしいくら犠牲的結婚したからと言って、こんな苦しい思ひをする人ばかりは無いであらうに(…)」(運動)

 

 

 

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