1939年(昭14)大日本雄弁会講談社刊。三角寛はライフワークの「山窩(サンカ)」に関する研究と著作に関わる以前は、朝日新聞の記者としてサツ回りの担当で刑事たちとの交遊が深かった。その折々に得られた刑事の体験談をもとに、得意の筆をふるった6つの短篇をまとめたのが本書である。昭和初期の風俗描写も生き生きとしている。様々な経緯によって道を外さざるを得なかった女たちの生きざまと共に、思わず生唾を飲みそうな美女の妖艶さも描き出す手腕は、派手な「飛ばし記事」で注目された三角の天性の構想力の賜物と思われる。刑事たちの間の功名争いや失策に対する上司の温情なども面白かった。☆☆☆☆
(注:飛ばし記事とは、確証の有無または十分な裏付けが取れているのかが疑わしい、信憑性の不確かな報道のこと。推測・憶測の域を出ない段階で出されたのではと疑われる記事。)
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1904361
表紙絵は小林秀恒。
《女が一人で、千里の旅に出るなんてことは、危険を買って出るも同じことだ。それも貞操を、塵か芥のやうに思ふ女は別だが、人並の良心に恥じない女で暮さうと思ふには、自分の行為はあまりにも無謀だったと思った。
ほんとに女は弱い。弱いやうにかみさまがつくってあるのだ。(・・・)どんなに強かったやうな顔をしてゐようとも、それはすべてが嘘偽(うそいつはり)だ、例へ誘惑がなからうとも、旅する心のわびしさは、女心は、自然に男の誘惑を待ち受けるやうになるのだ。》(国境の女)
《犯罪っていふものは人生の真実の断面だ。だから、その実相をあからさまに話して防犯の一助にしよう。さうすれば、どうしてこの犯罪がおこったか? どこに原因があったか、その結果はどうなったかといふことが、はっきり判る。それが既に大きな社会への教訓だ。》(嬰児を盗んだ女)