明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『華族令嬢愛子:探偵実話』 菱花生

人情世界 (1901)

1901年(明34)3月~10月 雑誌「人情世界」連載、日本館本部発行

華族令嬢愛子2

明治後期の読物雑誌「人情世界」(旬刊)に長期間にわたって連載された構想の大きい探偵活劇。地の文は美文調の文語体、会話は口語体という、言文一致体の定着直前の一般的な小説文体である。

長崎での葛籠入り殺人死体事件の犯人を追って、探偵有尾は追跡の旅費や手当が出ないために退職し、自腹で東京へ向かう。犯人は海野伴作という中老の男だが、年齢以上に身体は敏捷、頭脳も「奸智姦才に長けたる」手ごわさがある。一時は主要人物たる探偵が殺害されるかという事態に至る。

ヒロインの愛子は自身の過去に謎を持ちつつ、辻音楽師として糊口をしのいでいたが、富豪の老紳士に救われる。しかしその金づるを伴作が狙う。悪人たちの奸計だけがスルスルと成功し、善人たちと警察はそれに振り回されるという図式。連載小説のツボを抑えた話の展開としては良く練り上げられていた。☆☆☆

 

華族令嬢愛子3

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1601437/1/5

雑誌連載の口絵および挿絵は楊斎延弌または延一(ようさい・のぶかず) 



《されば此処へ来てからまだ日浅けれども親しみ寄れるもの多く、若き女の目は何時(いつ)もこの若紳士の一身にそゝがれて密かに胸を焦すもありき、例の花小路の令嬢すヾ子も心の底に燃えそむる焔(ほむら)は人知れず頬に出でゝ、物のあはれに我から思ひの種をまきぬ、然りとて端(はし)たなき振舞もされぬまゝに只折々に眼とて心を送れど、知らず顔に過さるゝぞ苦しけれ、》(拾四)

 

華族令嬢愛子4

 

*参考関連記事:『鬼小町:探偵実話』 菱花生 (2023.03.13)

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