明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『鬼小町:探偵実話』 菱花生

 

1901年(明34)三新堂刊。前後2巻。作者の菱花生(りょうかせい)については生没年も不明、明治後期から大正にかけて探偵実話や悲劇小説を書いている。これにも探偵実話の副題をつけていて犯罪実録を小説風に書き記したもの。地の文は明治期そのものの漢文調で区切りがなく、格調はあるが慣れるまではやや読みにくい。会話部分は口語体で講談調。

 板橋街道の鶴屋の小町娘と評判のお留は、虫も殺さぬような顔をしながら祖父母に甘やかされて育ったため、陰で男たちを色仕掛けで操りながら勝手気ままな人生を送っている。殺人放火やら、造幣局印刷所からの盗難、金貸し婆の失踪などの事件が次々に起きるが、警察の捜査関係者の動きは断片的にしか語られず、緩慢に見える。面白かったのは、最初の事件の被害者の家の下女だった女が偶然に老探偵の家に雇われ、その縁で警察側の間諜となって寺に住み込んで証拠品を抑える結果となったことで、見かけによらず利発な彼女は、巧みに俳諧を詠むなどして疑惑の目を逃れる。脇役としてはなかなか印象的だった。事件捜査だけでなく、登場人物の様々な生活ぶりや行動を描いており、読み応えがあった。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/885660

挿絵は浜田如洗。



《昨日までの何処となく余所余所(よそよそ)しき取扱(とりなし)もガラリと一変し、遊ばせ言葉に甘ったれて蜜蜂の剣を隠すが如く、底知れぬ笑窪(えくぼ)の陥し穴へ五尺の躯(からだ)を真っ逆さま、一寸先はおろか鼻摘まるるも知れぬ恋の暗路(やみじ)に迷ひ入りぬ。》(十五)

 

 

《宵のうちは霜に冴える星影のきらきらと光りて凄けれど、何時(いつ)か星の光は奪はれてヒューヒューと枯木に辛き風も静まりしが、朝起き出て見れば白妙の樹々に時ならぬ白玉の削り屑をかけつらね、屋根も往来もみな一面に白く、塵一つ見えざるは目馴らしところもまた新たなる心地せらるゝなり。》(八十八)

 


*参考ブログ:駒込蓬莱町にあった「草津温泉場」@マーちゃんの数独日記

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