明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『人の妻:探偵小説』 冷笑散史

人の妻:冷笑散史

1893年(明26)三友社刊。

冷笑散史(れいしょう・さんし)とは「思ふ処」あって仮名にしたと、序文でことわっている。元々ドイツ語の原本を翻案したもので、伊藤秀雄の『明治の探偵小説』によれば、同時期に独語からの探偵小説の翻訳の多かった菊亭笑庸あたりではないか、と言及している。

タイトルの『人の妻』は、自分の恋人に親が決めた結婚相手がいるなら、その男にとっては彼女は「人の妻」となりうる訳であり、他方ではその恋人同士が駆落ちすれば逃げた女が「人の妻」になってしまうという論理を言っている。結婚話がうまく捗らない娘の父親が殺害される事件で、その捜査は地道な証拠固めで進められる。探偵方の変装を序文で批判していながらも、作者はその変装を捜査行動で描いている。珍しくもほろ苦い終結で、明治中期の黎明期の作品としてはまとまっていた。こうした翻訳・翻案物が早くから紹介されているので、日本のミステリー文学は発展が遅れたわけではなく、やはり国民性に合わせていったのだろうと痛感する。☆☆

 

人の妻:冷笑散史2

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/887958

口絵は後藤芳景。

 

《近来探偵小説と称するもの沢山あり。然れども、いづれも縁日の見世物めきて一も読むに足る物あらず。是れ畢竟その趣向児戯に均しく、探偵者といふ怪物が、あるひは仮髯(つくりひげ)を懸け、あるひは面の皮を塗り、時に男子が女子に化け、太甚(はなはだ)しきは鬘を被り、その功を奏せしなど、極めて人を愚にしたる者に非ざるはなければ也。》(自序)

 

 

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