1947年(昭22)初秋号~1948年(昭23)7月号、雑誌「日本小説」連載
1956年(昭31)河出書房、探偵小説名作全集 第9巻所収
終戦直後に創刊された雑誌「日本小説」に連載された坂口安吾の推理小説の名作。その欄外で読者への犯人当てクイズを募集し、江戸川乱歩へも謎解きを勧誘していた。N町の山間部にある広大な金満家の屋敷に作家、詩人、画家、女優、女流作家、劇作家、弁護士などが妻同伴で招待される。そこに巨勢博士という名探偵も加わっている。登場人物の多さも驚きで、屋敷の人間にさらに警察の捜査関係者も入れると30人近くになる。立て続けに殺人事件が起きるのだが、多人数だけにその全員の時間配分を理解するのは困難になる。その人物相関図は複雑だが、個性や価値観の違いを巧みに書き分けていて、群像劇としても面白味が出ていた。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1722854/1/4
https://dl.ndl.go.jp/pid/1356947/1/5
雑誌連載時の挿絵は高野三三男(こうの・みさお)
《然し彼の探偵の才能は驚異的なものだった。まさしく天才である。我我はイヤといふほど実例を見せられ、全くどうも奴の観察の確実さ、人間心理のニュアンスを微細に突きとめ嗅ぎ分けること、怖ろしい時がある。彼にかゝると、犯罪をめぐる人間心理がハッキリまぎれもない姿をとって描きだされてしまふ。すべてがハッキリ割切られて、計算されて、答がでてくるのだが、それがどういふ算式によるのか、変幻自在、奴の用ひる公式が我々には呑みこめない。》(二、意外な奴ばかり)
《我々文学者にとっては人間は不可決なもの、人間の心理の迷路は永遠に無限の錯雑に終るべきもので、だから文学も在りうるのだが、奴にとっての人間の心は常にハッキリ割り切られる。》(二、意外な奴ばかり)
「醜婦が醜男を口説いちゃだめだよ。醜婦は美男のために人知れず胸をこがし、醜男は美女のために悶死するところがネウチなんだよ。僕にくらべりゃ、シラノなんぞは醜男のうちじゃないのだからな。詩も僕よりは巧そうだ。」(五、猫の鈴)
「ヘソだしレビュウも論語先生も背中合せの萩と月かね。まったくだね。坂口安吾という先生の小説なぞも、ヘソレビュウと論語先生の抱き合せみたいなものじゃないかね。」(十三、聖処女も嘘がお上手)
*雑誌「日本小説」は1947年(昭22)5月に創刊された。終戦直後の物資不足の中で、紙もインキも粗雑なものだったが、日本の文芸の復興にかける心意気だけは熱気にあふれていた。引用掲載したのは第4号の表紙で、藤田嗣治のものと思われる。
*参考ブログ
みずすまし亭通信:藤田嗣治。戦後 新生社の雑誌 女性 (2024.01.18)