1902年(明35)青木嵩山堂刊。前後2巻。川上眉山は尾崎紅葉の硯友社へ参加した作家であり、泉鏡花と共に観念小説を書き、自然主義を目指して挫折し39歳で自殺したという。しかしながらこの作品は純文学からは遠くかけ離れた探偵活劇の娯楽作であった。「弱きを助け、強きを挫く」正義の味方の正体不明の人物・船越三郎が活躍する。財産を横領した男が残された母娘を陥れようとするところに救助に現れ、並外れた身体能力と立ち回りで危機を脱出させる。変装、誘拐、活劇の入り混じった場面展開と会話主体の筆致は読みやすい。この私立探偵の超人的な活躍はめざましいが、幾度も危機にさらされるヒロインの色恋沙汰の要素がここには出てこないのが珍しい。眉山の作品にはこうした娯楽作も少なくなかったように思われる。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は筒井年峰。