明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『青い樹氷』 大庭さち子

青い樹氷:大庭さち子

1955年(昭30)7月~1956年(昭31)7月 雑誌「新婦人」連載。

 

作者の大庭さち子 (1904~1997) は戦中から戦後にかけて少女向けの小説を中心とした創作活動を続けた。戦後は婦人雑誌等に、旧来の道徳観念に縛られてきた女性の生き方を問い直そうとする作品を書いている。

この作品のヒロイン美保子も女子大生でありながら、アルバイトとして新宿のバーで雇われマダムとして働く。異母姉の加代子とは性格や行動が全く異なり、合理的に割り切った生活を送り、男性との関わりも自分の感性を抑制した冷やかなものでしかない。しかし、自分の出生の秘密や過去のしがらみの再出などで、その心情がかき乱されていく。女性ならではの茫漠とした感情表現や心理描写にはわかりにくさや堅苦しさがあったのは確かである。☆☆

 

青い樹氷:大庭さち子2

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/11399071/1/41

連載当初は『愛の星座』、改題後は『青い樹氷

挿絵は上西憲康。

 

青い樹氷:大庭さち子3

《娘のころのある時期に、ほのかな愛情を抱いた相手に、いつまでも若くて、美しい自分を見せたいという女の本能的な虚栄心が、無意識のうちに働いていたのかと思うと、とたんに加代子はそんな自分がむっとするほどいやになった。》(時代ばなれのした恋)



「あたしは今までの感情や情緒にだけたよっていた女の生き方に反対して、自分の理性と実感でものごとを処理しようとしただけなのだ。既成のあらゆるモラル(道徳)を否定して、自分自身の理性だけを信じて生きてゆこうとしたのだ。それが合理主義というものかしら? でも、あたしはそれで今日まで安心していられたと思う。」(対立か? 融合か?)



《合理的ということは、矛盾と苦悩にみちた現代を強く生きぬくためには、必要な武器かもしれない。しかしそれだけでつきつめていったら、人生は虚無の一色に塗りつぶされてしまうのではないか。父に対して、姉に対して、あふれるような愛情の芽生えは、この二人に対して、自分が肉身ではなかったということを知った瞬間である。これほど、非合理的な矛盾した心理はない筈であった。》(新たな出発)

 

新婦人:1956.06 市川留蔵 画

※雑誌「新婦人」は戦後1946年5月から、華道の家元池坊のPR誌として創刊され、1970年代まで続いた。本来の生け花の記事のみならず、料理、手芸、美容から観光、映画、書評、美術などの教養面まで広範囲の総合誌であった。



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