明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『魔性の女』 小川煙村

魔性の女:小川煙村

1912年(明45)九葉堂刊。

小川煙村(えんそん、1877~1952)は新聞の記者作家として出発し、明治後期から昭和戦中期まで小説、戯曲、歴史書などを書いた。

この作品は、芸妓や愛妾として気ままに暮らす美貌の女お艶によって次々とメロメロ、骨抜きになる男たちの醜態を描く。待合での芸妓と酔客との惚れたはれたの他愛もないやり取り、思わせぶりとはぐらかしの応酬の記述が続く。情景描写に体言止めを多用するのも特徴的に思えた。女の魔性云々よりも男たちの甲斐性の無さ、美しい女に抵抗できない本能的な弱さを思い知らされた気がした。☆☆☆

魔性の女:小川煙村、近藤紫雲・画1

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/888258

表紙絵・口絵は近藤紫雲。

 

《転んでも攫(つか)んで立たうと云ふ世の中である、擲(なぐ)っても奪(と)らうといふ世の中である。浮世の栄耀と我身の快楽とに飽く迄耽らんとする世の中には、義理よりも人情よりも、面目よりも我慢よりも、一番尊まれるは金子(かね)である。智ある者は智を売り、力ある者は力を売り、色ある者は色を売り、金を金をと叫ぶ。(…)結局(つまり)宗教や精神修養を忘れた文明に伴ふ負傷である。》(第十二)

魔性の女:小川煙村、近藤紫雲・画2

《夫(そ)れよりも器量の違ひが、如何にお弁が鉄面皮(あつかまし)い人間であったにしろ、あの鼻のヒシャゲた、髪の毛の薄い、顎(おとがひ)の尖った、額(おでこ)の出た、而(さう)して煤竹色に赤みを帯びた面体では、女にせまほしき数馬に対して、妾(わたし)貴郎(あなた)の妻になりたいとはいへない。お弁は自分の醜い事をよく知っている、知っているからいへない。》(第二十)

 

《人妻の義務(つとめ)は二夫に見(まみ)ゆべからずと、頭脳(あたま)が明白に命ずる、母の情は身を切っても我児に栄(はえ)ない結婚はさせぬと、心臓が熱狂に叫ぶ。矢野の言葉に従って丗萬圓の財産を取らんか、我身よりも可愛い美代子の行末に光明(ひかり)がある、我れを詐(あざむ)きし情(つれ)なき良夫によい面当てになる、崩れかけた旧い城を棄てて朝日に輝く新らしい城に棲む生活が出来る、安慰、逸楽、傾く日の如き我余生を華やかに暮せる。だけれど、だけれど、だけれどだ。》(第三十四)

魔性の女:小川煙村、近藤紫雲・画3

《数馬の眼(まなこ)は燃えるが如き情熱を持つ、美代子の全身は爪先迄、迷はしの匂ひある菫の匂ひで包まれた心地がする。而して自分から小説中の人物になってゐるやうにも思はれる、男の感情に酔った美代子の耳には最う鶯の声は這入らない。熱した数馬の声許りが、耳の中で響く釣鐘のやうに神秘なうなりを続けて、夫れが耳裡一杯になってゐる、否、美代子の全身體が数馬の言葉を傾聴して此以外に何物をも感じない。》(第三十七)

 

《女には三重四重の胸がある。胸にあるものを容易に見せぬは女の特色で、いゝ時には内気といはら遠慮といはれ、悪い時には魔物といはれ、秘密の庫といはれるのである。お弁も此の解し難き女の胸を持ってゐる。だから数馬に対する恋は「さうでないさうでない」と、さうであるながら表面(うはべ)頑くなに否認してゐる。》(第四十)

 

《女性(をんな)が男性(をとこ)を圧する様になったは、一面男性が女性よりも弱くなったともいへる。毛唐の思想が交じったからである。婦人の弱きをいたはる事が更に進んで弱きに服従する事になったのである。茲(ここ)に到ると弱者の婦人は或意味に於て強者の婦人になる。》(第五十三)



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