1927年(昭2)7月~12月 雑誌「女性」連載。
1933年(昭8)非凡閣、新選大衆小説全集 第3巻 牧逸馬集 所収。
牧逸馬(1900~1935)は林不忘や谷譲次の筆名でもそのジャンル別に分けて作品を書いた。タイトルの「水晶の座」とは、豪州の砂漠の僻地に住む部族に伝わる美と若さを保つ秘法を記した書付のことだという。世界的な探検家で理学博士でもある山岸氏は満場の講演会場で猛毒の吹き矢で殺害される。目の前で見ていた探偵作家の串戸が現場に駆け寄り、その犯人探しに加わる。その場にいた夫人の洋子もその後の行動を共にするのも珍しい。情景描写に昭和初期に流行した「新感覚派」的な表現が顔をのぞかせて、文芸的な香気も感じた。串戸のやや自信過剰な性格も印象的で、気分に乗って勝手に動き回り、読者をハラハラさせる描写も巧みだった。また米映画のドタバタ喜劇を思わせる格闘場面なども楽しませてくれた。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1566338/1/178
https://dl.ndl.go.jp/pid/1261210/1/226
雑誌の挿絵・カットは山名文夫、非凡閣版の挿絵は富永謙太郎。
《玄関の階段に立って、串戸は街上(まち)を見渡した。病的にまで青くすみ切った空の下に、ロウランサンの女を思はせるやうな偏頭痛の建物がひた押しに並んで、それが歪んだ近代風景をつくり出してゐた。空気にメロンのにほひのする何だか妙に異国的な午後だった。》(2-3)
《石だヽみの大通りに、月のない夜光の斑(ふ)がふるへて、立体的な明暗の交錯が、狂った映画の一場面のやうな奇怪な効果を見せてゐた。(…)大東京とともに眠るこの無人の境には、まるで地球上の人類が死に絶えたあとのやうなふっと月の世界へでも来たやうなつかまへどころのない蒼白い寂滅がひろがってゐた。》(3-3)
《一たい、小説の世界では、探偵は推理といふ智的遊戯であり、科学的趣味であり、時としては尊敬すべき「名探偵」のくゆらすパイプですらあり得るが、これが現実となると無感傷に労働を強いてくる。》(4-2)