1950年(昭25)4月~1951年(昭26)12月、雑誌「新婦人」連載。
1954年(昭29)東京文芸社刊。装丁は風間寛。
冒頭の戦争末期、昭和19年の別荘地軽井沢での作中人物の登場の仕方を読むと、その性格設定が「風と共に去りぬ」の人物像を容易に連想することができる。かといって作品そのものは翻案でもパロディでもなく、その類型的な人物像がなじみやすい程度でしかない。美貌なうえに自信家で行動的なヒロイン、一見ニヒルだが鋭い洞察力の先にスケールの大きさを感じさせる男、そしてヒロインが思いを寄せる青年華族はその期待とは裏腹に地味で引っ込み思案な女性と結婚してしまう。それらの人物たちが東京大空襲を経て、戦後の混乱期をそれぞれたくましく生き抜いていく姿を描いている。ヒロインが困難を切り開いていくにはその美貌や積極性が幸いするのだが、男女間においてはビジネス以上の経済的な支援や協力関係の裏側に必ず愛欲がらみの魂胆が含まれることにヒロインは不用意にも鈍感過ぎたのが意外だった。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1643621
https://dl.ndl.go.jp/pid/11399035/1/68
雑誌連載時の挿絵は宮野美晴(よしはる)。
《生き残った市民たちは、誰も放心したやうな表情であるいてゐた。路傍には無数に焼死体がころがってゐたり、みごとな彫像のやうに、断末魔の形のまゝ黒焦げになってゐたりしたが、誰もふりむいても見なかった。死に対して、その同じ死線を越えた人々は、まったく無感動になってゐた。》(灰燼に立つ)
「軍国主義の時代に、軍部を利用して特等席におさまってた人間が、敗戦を踏台にしてヤミ屋で儲け、今度はまたその口を拭って代議士か何かになる。要するに狡る賢い人間はいつの時代にも、甘い汁を吸って生きて行くんだ。正直者はいつも損をする。(…)しかし、損をしても正直者にしかなれない人間は倖せだよ。」(意外な客)