(なさけのひと)1905年(明38)隆文館刊。明治の後期になると女性の社会進出への意識が高まり、女性の生き方を主題とする「家庭小説」というジャンルの作品が多く書かれるようになった。田口掬汀(きくてい)もそうした作家の一人である。表題作の中篇「情の人」は洋行帰りの華族の息子が親の決めた結婚を厭うあまり神経症になり、その療養先で親身になって看護をしてくれた女性に恋心を抱く、という状況から始まる。看護師のヒロインの方はその男に対し恋愛というよりは同情心から擁護するが、邪推されて解雇になる。彼女は華族階級に復讐心を募らせるが、彼らの体面を取り繕う姿を侮蔑し、自力で生きていく意志を新たにする。この他に短篇4つ入っていたが、そのうちの「胸の焔」、「一人旅」も若い女性が社会の中でどう生きていくのかを模索するものだった。現代でも労働市場での男女格差が取り沙汰され、問題は根深いと痛感する。☆☆☆