(うらみのほのお)1915年(大5)樋口隆文館刊。前後2巻。作者の遠藤柳雨(りゅうう)については生没年を含めほとんど不詳。明治末期から大正時代にかけて明瞭な現代口語文体で悲劇小説を書いた。
地方の富豪の息子が東京の大学で学ぶために上京し、同郷の友人2人もその富豪の援助を受けながらそれぞれ専攻を修め、互いの友情を深めている。しかしそのドラ息子がふと見かけた美人芸者に懸想し、たちまち放蕩に身を持ち崩す。友人2人は彼を諫めるが、意志薄弱の彼は立ち直れず、ついには親から勘当される。友人たちもあおりを食らって揃って路頭に迷う。生活を持ち崩すほどまでに女に操られるがままの男の恋情は傍から見ても救いようがないと思うが、当事者は洗脳に近いかも知れない。最後の恨みを晴らす段については多分に作為的に思える。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は歌川珖舟。
《二人の美形の一人は、年の頃は廿(はたち)前後、鼻の高い、頬に肉付の可い、口元に愛嬌のある、雪白の富士額(ふじびたい)には、銀杏返しの鬢の乱れが、描いたやうに二三本掛って居て、何とも云へぬ美であるが、目の何処かに一寸凄味のあるのが、この女の傷である。》(二)