1902年(明35)求光閣刊。
1910年(明43)春陽堂、家庭お伽話第27篇所収。
岩見重太郎は怪力無双の剣客として江戸時代から講談や絵草紙で親しまれてきた人物である。明治の講談筆記本はこの本だけに限らず、多くの演者によって出されていた。柴田南玉(なんぎょく、1845~1915)は明治期の東京の講釈師の一人で、筆記本も少なくない。
戦後の幼少期にも雑誌等で読んだ記憶はぼんやりとあったのは、狒々(ひひ)退治の挿話だ。日本古来の伝承である「白羽の矢」を立てられた家で、年頃の娘を土地の神に生贄として差し出すところに出くわした岩見重太郎が、身代わりとなってその正体の狒々を退治する話である。その他にも七人の武者修行の一行を打ち負かす話や、親兄妹を殺された仇討ちを果たす話など、勝負で敗れることのない剣豪としての活躍には、講釈のなめらかさとともに不動の安心感があった。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/889533
表紙絵・口絵は作者未詳。
*参考Wikipedia:白羽の矢
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E7%BE%BD%E3%81%AE%E7%9F%A2
*コトバンク:岩見重太郎
https://kotobank.jp/word/%E5%B2%A9%E8%A6%8B%E9%87%8D%E5%A4%AA%E9%83%8E-32734