
1955年(昭30)春陽堂書店、探偵双書。
探偵小説に文芸味も盛り込ませた木々高太郎の中篇。表題作『三面鏡の恐怖』の他『銀杏の実』を併収する。
水力発電に電源開発の夢を抱き続ける真山十吉は、財閥令嬢との結婚により資金面の後ろ盾を得られるとして、恋人の嘉代子と手を切る。失意の彼女は弁護士の平原と結婚するが、まもなく結核で死去する。真山の方も妻が早世するが、財閥家に残ったままで仕事を続ける。ある時、死んだ嘉代子の妹と称する伊都子が訪れ、姉の思いを伝え、資本の協力を申し出る。真山は少しずつ伊都子の魅力に惹かれて結婚する。弁護士の平原は伊都子が死んだはずの嘉代子の偽装ではないかと疑惑を抱き、病院のカルテを調査するうちに殺害される。
前半は男のロマンと失われた愛と回想の文芸作のように思われたが、文芸作品によく見られるように、話がわだかまって進展しない状態に飽きが來た。後半は純然たる殺人事件捜査で、分刻みに被害者の許を訪れた何人かの人物の行動分析になる。あまり殺意の必然性が感じられないだけ、組立ての浅さを感じた。☆

この作品は、1948年(昭23)大映で映画化された。
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HUREC AFTERHOURS 人事コンサルタントの読書・映画備忘録
【2377】 △ 久松 静児 (原作:木々高太郎) 「三面鏡の恐怖」
http://hurec.bz/book-movie/archives/2016/02/2477_194806.html

併収の『銀杏の実』はほとんど文芸作。見初めたデパートの女店員と親しみを得るために連日買い物に訪れ、苦心して名前を知ったうえで、親に対しては見合の形式で先方に結婚申し込みをしてもらうという、やや古風な段取りを取るが、双方の内諾を経て顔を合わせたところ、同姓のもっと美人の別人だったという話。それからその後・・・。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1354516
《作者は、この小説ではじめて、心理的多元描写の方法をつかってみます。この方法は、小説では今まで用いらていれなかったものでありますから、文学として見て下さる方には、興味と論議とのよすがになるかと思います。》(三面鏡の恐怖、この物語は――)

「そんなこと仰言るの悲しいわ。女はいちど心を捧げて、それをふみにじられると。もう駄目になってしまいます。無茶になってしまいます。」(銀杏の実)