
1955年(昭30)東方社刊。
1949年(昭24)8月~12月、雑誌「りべらる」連載。元のタイトルは『産婦人科医』
表紙のタイトルには「を」が入っているが、本文では『春知らぬ女』で奥付までそれで通っている。表題作の他、中篇『女医』と短篇『女外科医』を併収して、医療物でまとめられている。連載の雑誌「りべらる」は終戦直後のカストリ雑誌の一つで、性科学や性風俗の特集記事や情報をメインに打ち出していた。連載小説もこうした女性の生態や心理に言及するものが多かったが、ドギツいエログロに堕することはなかった。中篇の『女医』も姉妹編として「りべらる」の1950年1月から連載が続けられた。

『産婦人科医』の連載開始時の見出し記事には、
《避妊の知識と男女道徳に真正面から取組んだ画期的小説! 慶大医科出身の作者は自分の今までの諸作品も此の問題作を完成するための筆馴らしであった――と心境を語ってゐる。》
となっていたが、大林清(1908~1999)は慶大の文学部だけで、医科の経験は言及がない。特に産婦人科の医療現場の詳細が迫真的に描かれているので、本当に経験がないとしたら、よほど研究したのは間違いない。また女性器について医学的な視点で語られると、不思議と煽情的にはならないのが興味深い、女医として社会的に独立して生きて行ける立場になっても、人生の充実は別のところにある、という心情は巧みに描いていた。☆☆☆

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1727385/1/27
https://dl.ndl.go.jp/pid/1644306/1/3
単行本の表紙絵は岡村英二。雑誌連載時の挿絵は栗林正幸。
「生きることの尊さ、生命の尊巌と云うものを、あなたは考えたことがありますか。恐らくないでしょう。苦しみに堪えて、人間が生きて行くと云うことは、無意味に生命を保つ以上に尊い。僕は医者でしてね、病菌と闘う患者の苦し みあがきを年中見ているから、いつそう人間の生の営みの尊さを知つているんです。」 (春知らぬ女・生命の灯)