明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

2022-01-01から1年間の記事一覧

『無惨』 黒岩涙香

1890年(明23)鈴木金輔刊。黒岩涙香の数少ない創作小説の中篇。堀端に投げ込まれた無惨な他殺死体を二人の刑事が捜査する。一方は中年のベテラン刑事。もう一方は初手柄を期待される理論家の新米刑事。二人の間の競争心むき出しのやり取りは涙香物では見慣…

『新聞売子』 菊池幽芳

1900年(明33)駸々堂刊。前後2巻。インド帰りの英国人技師と彼を恋い慕って密航してきたインド族長の娘、ヒロイン摩耶子の物語。原作者が明記されない英国の小説からの翻案だが、人物を和名に変えた以外はほぼ現地の地名で、風物・習慣の描写もそのままで…

『月に叢雲』 河原紅雨

(つきにむらくも)1916年(大5)樋口隆文館刊。前後2巻。台湾から帰任したばかりの軍人の父親が謎の失踪を遂げる。さらに養育してくれた叔父夫婦が中国に移住したため、ヒロインの清江は身寄りもなく、鵠沼の寺に預けられる。と、ここまではよくある悲劇小…

『豪傑児雷也』 神田伯龍

1909年(明42)中川玉成堂刊。江戸時代の絵草紙や歌舞伎の錦絵で見知っていた妖術使いの主人公。実際どのような物語の持ち主なのかは知らないでいた。神田伯龍による講談筆記本。戦国時代の戦いで死んだ武将の遺児ではあるものの、御家再興の必命があるわけ…

『死美人』 黒岩涙香

1892年(明25)扶桑堂刊。フランスの作家ボワゴベ(Boisgobey) による『ルコック氏の晩年』(La Vieillesse de Monsieur Lecoq) を黒岩涙香が英訳本から重訳したもの。日本の読者向けに人名を日本人名に置き換えたり、事物を日本の習慣に直すなど、翻案に近い…

『恋の魔風』 水島尺草(もみぢ)

1920年(大9)大川屋書店刊。この版元ではジャンル別に袖珍本を「○○文庫」と名付けて発刊していた。特に悲劇小説、女性路線については「柳文庫」と呼ばれていた。タイトルが「恋の魔風」という作品は当時少なくとも3点の同名異話のものがある。他に小杉天外…

『新乳姉妹』 なにがし

1909年(明42)明治堂刊。明治後期には「金色夜叉」「不如帰」などの爆発的な流行以来、いわゆる便乗本も数多く出版された。その多くは「続xx」「後のXX」という後日談を思わせるもの、あるいは「新xx」の設定が類似したところから別パターンの物語に…

『漫画坊っちゃん』 近藤浩一路

1918年(大7)新潮社刊。夏目漱石の名作「坊っちゃん」の絵解きダイジェスト版である。半日で楽しく読み終えることができた。見開きの片側に漫画が必ず掲載され、本文の語り口もほとんど損なわれていない。画家の近藤浩一路(こういちろ)は当初読売新聞社に…

『怨と情:悲劇小説』 山田松琴

(うらみとなさけ)1920年(大9)樋口隆文館刊。前後2巻。「覆水盆に返らず」の例えの通り、一度破綻させた恋愛を「結局元の鞘に」と願っても容易に叶うものではないというドロドロの愛憎劇。 作者の山田松琴(しょうきん)は明治13年、名古屋生まれの女流…

『女警部:活劇講譚』 無名氏

1902~1903年(明35~36)金槇堂刊。都新聞に連載された活劇講譚「女警部」(前後篇)およびその続篇「後の女警部」(前後篇)の全4巻。合わせて1000頁を超える大長編である。明治26年以降の10年以上にわたり、警察OB の高谷為之から提供を受けた事件記録を…

『消えたダイヤ』 森下雨村

1930年(昭5)改造社刊。日本探偵小説全集 第2篇 森下雨村集。表題作の他「黄龍鬼」、「魔の棲む家」、「死美人事件」の計4篇を収める。大正・昭和ミステリー界を牽引した雑誌「新青年」の初代編集長でもあった森下雨村は英米物の翻訳の他に創作も残してい…

『雲霧』 松林伯円

1890年(明23)金槇堂刊。「泥棒伯圓」という仇名を持つ講談師松林伯円(しょうりん・はくえん)による口演速記本。(まつばやし)と表記している場合もある。明治20年以降に定着する言文一致体を後押ししたのが、円朝や伯円の速記本だった。江戸中期の享…

『正直安兵衛観音経』 麗々亭柳橋

1891年(明24)三友舎刊。2年後の1893年(明26)に書名のみ「恩と情」に差し替えて中村鐘美堂から刊行されている。本文・挿絵ともに同一物。 明治期の東京の落語界には二大流派、三遊亭円朝を初めとする三游派とこの麗々亭柳橋(れいれいてい・りゅうきょう…

『新編ふらんす物語』 永井荷風

1915年(大正4)博文館刊。長年積ん読状態だった本=積読書庫に入れたままでこの世を去る見込みだったもの、を一つ読了できた。純文学作品は物語とは一線を画して、自己の心的感興の移り変わりを書き綴っていくものだということを体得した。 エリート官僚を…

『化粧くらべ』 小栗風葉

1918年(大7)岡村書店刊。新装小説選集第1巻。明治・大正期の人気作家の一人、小栗風葉の作品。当初1904年(明37)に出版されたものの改版である。明治末期になっても言文一致体は文学全体に普及してはおらず、この作品でも地の文は漢文調を保っており(下…

『密封の鉄函:怪奇小説』 三津木春影

1913年(大2)磯部甲陽堂刊。表題作「密封の鉄函」など4作の短編集。読みだしてからわかったのだが、二つ目の「海賊船の少年」を含め、少年向けの探偵・冒険譚であり、後年の江戸川乱歩の少年向けシリーズと共通する空気感があって懐かしい感じがする。「怪…

『因縁二本榎』 島田孤村

(いんねんにほんえのき)1913年(大2)春江堂刊。作者島田孤村(こそん)についてはほとんど情報がないが、春江堂専属の通俗作家だったようだ。東京高輪の二本榎にまつわる因縁話ということで、一見探偵小説風に始まるが、話の骨組みが弱く、そのまま江戸時…

『奇遇魯国美談:改良小説』 大石高徳・訳

1887年(明20)金松堂刊。維新後20年経過して世情が安定してきた頃に、西欧思想を一般国民に教化させる目的で多くの翻訳物が出版された。この小説もその一つで、ロシアに住む三兄弟がナポレオン軍の遠征によって離れ離れとなり、多くの艱難の末にシベリア…

『仏蘭西物語』 清風草堂主人(宮田暢)訳

1911年(明44)万里洞刊。明治41年に創刊の日本初の週刊誌「サンデー」に連載されたフランスの中短編の翻訳を3つまとめて単行本で出した。最初の『恋の仇討』は軽妙な作風で当時人気のあったポール・ド・コック(Paul de Kock, 1793-1871) の中篇(原題名不…

『生首御殿』 山田旭南

1910年(明43)小宮万次郎刊。おどろおどろしいタイトルから想像すれば怪談話だろうと思われたが、読み始めて江戸の剣術物だとわかった。雪の夜に軒先で行き倒れで死んだ巡礼女が抱いていた赤子を老夫婦が引き取って育てる。大きくなるにつれ、教えもしない…

『恋の魔風』 秋葉生

(こいのまかぜ)1913年(大2)日吉堂刊。作者の秋葉生は当時のある作家の別号ではないかと思われるが、誰なのかは突き止められずにいる。極悪非道な高利貸の親の遺した娘が清楚な美人であることはよくある悲劇小説の一パターン。実母も早くに亡くしており、…

『恋の怨』 武田仰天子

(こいのうらみ)1917年(大6)樋口隆文館刊。武田仰天子(ぎょうてんし)は明治から大正にかけての新聞小説家として人気があった。版元の広告には《武田仰天子君の作には、此の人独特の一種の妙味が有りますので、それで多数者に愛好せられるのでありますが…

『二人探偵吃驚箱』 多田省軒

(ににんたんてい・びっくりばこ)1895年(明28)銀花堂刊。多田省軒は生没年不明だが、明治中期の人気作家の一人で、黎明期の探偵小説を多く書いた。地の文は漢文調だが、会話部分は口語になって、慣れれば簡潔で読みやすい。夜中に隅田川に流された木箱の…

『真景累ヶ淵』 三遊亭円朝

(しんけい・かさねがふち)1888年(明21)井上勝五郎刊。三遊亭円朝の代表作の一つ。円朝は明治の早い時期から口演速記本を出しており、古風な漢文調から現代的な言文一致体に切り替わるお手本となった。古くから「怪談累ヶ淵」の話はあったのだが、円朝は…

『清水定吉:探偵実話』 無名氏(高谷為之)

1893年(明26)金松堂刊。清水定吉は幕末から明治前期にかけて実在した凶悪なピストル強盗殺人犯だった。五十歳で逮捕されるまで捜査の網を巧みに潜り抜け、大胆な犯行を繰り返した。警察内部に取り入って情報を得るほか、遊興にふけることをせず、単独犯行…

『流の白滝:毒殺事件』 橘屋円喬

(ながれのしらたき)1893年(明26)日吉堂刊。橘屋円喬(たちばなや・えんきょう)は明治の落語家で、三遊亭円朝の弟子にあたる。語り口の名人ぶりは円朝に比肩するほどだったというが、速記本としてはこの一作しかデジタル・コレクションには見当たらない…

『女優奈々子の審判』 小林宗吉

1939年(昭14)紫文閣刊。小林宗吉(そうきち)は本来劇作家だったが、ほとんど唯一のミステリー短編集を読むことができた。表題作「女優奈々子の審判」は深夜の一軒家で起きた殺人事件で犯人に問われた奈々子の裁判をめぐる攻防。他の2作(「黒表の処女」…

『怪談山王之古猫』 松林伯知

1902年(明35)三新堂刊。泥棒伯圓の弟子の一人、松林伯知(しょうりん・はくち)の講談速記本。山王とは現在の都心にある山王日枝神社で、江戸時代は氏神として祀られていた。付近に越後村上藩の内藤氏の屋敷があった。ある時この地で怪猫に惨殺される事件…

『鬼が森』 堀内望天・訳

1911年(明44)日曜世界社刊。タイトルと草履と和服の男の子の表紙絵から見て、日本の民話か何かだろうと思って読みだしたら、西洋の宗教訓話だった。作者はメアリー・シャーウッド(Mary Sherwood, 1775-1851) 19世紀英国の児童文学作家だった。年代的には…

『憐なる母と娘』 橋本埋木庵

1916年(大5)樋口隆文館刊。前後2巻。版元の広告文によると、日清戦争で戦死した軍人の遺された妻子の悲劇的実話に基づいているという。その美貌が仇となって、横恋慕された妻は義弟夫婦の姦策により金満家の男に凌辱される。明治の頃の小説には性愛に関す…