明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

探偵小説

『不思議』 三宅青軒

1903年(明36)文泉堂刊。珍しい「われは」という一人称で京都在住の青年作家がミステリー仕立ての物語を語る。言文一致体の「だ」「である」を使っているが、語尾だけを漢文調から置き換えた感じで文体としてはどこか堅苦しさがある。東京にいる親友の法学…

『新奇談クラブ』 野村胡堂

1932年(昭7)春陽堂刊。日本小説文庫216~218 所収(3分冊)。銭形平次の連作のみ有名な野村胡堂だが、その少し前に一連の「奇談クラブ」という中短編集を書いていた。あまり知られていないが、戦後「奇談クラブ」5篇と「新奇談クラブ」13篇をまとめて…

『疑問の黒枠』 小酒井不木

1927年(昭2)波屋書房刊。世界探偵文芸叢書第7篇。38歳で早逝した小酒井不木の代表作の一つ。彼自身医学者であり、その知識を反映させた探偵小説を精力的に書き始めて4年足らずで世を去った。「黒枠」とは新聞の死亡広告記事のことであり、悪戯で掲載され…

『催眠術』 大沢天仙

1903年(明36)文禄堂刊。最近読んだ菊池幽芳の『新聞売子』も催眠術が物語の重要な要素となっていたが、日本には明治20年頃に紹介されていた。それを事件の犯罪の手段として用いたのが本作品である。催眠術にかけられた人間がその意識や記憶、思考までも変…

『無惨』 黒岩涙香

1890年(明23)鈴木金輔刊。黒岩涙香の数少ない創作小説の中篇。堀端に投げ込まれた無惨な他殺死体を二人の刑事が捜査する。一方は中年のベテラン刑事。もう一方は初手柄を期待される理論家の新米刑事。二人の間の競争心むき出しのやり取りは涙香物では見慣…

『月に叢雲』 河原紅雨

(つきにむらくも)1916年(大5)樋口隆文館刊。前後2巻。台湾から帰任したばかりの軍人の父親が謎の失踪を遂げる。さらに養育してくれた叔父夫婦が中国に移住したため、ヒロインの清江は身寄りもなく、鵠沼の寺に預けられる。と、ここまではよくある悲劇小…

『死美人』 黒岩涙香

1892年(明25)扶桑堂刊。フランスの作家ボワゴベ(Boisgobey) による『ルコック氏の晩年』(La Vieillesse de Monsieur Lecoq) を黒岩涙香が英訳本から重訳したもの。日本の読者向けに人名を日本人名に置き換えたり、事物を日本の習慣に直すなど、翻案に近い…

『消えたダイヤ』 森下雨村

1930年(昭5)改造社刊。日本探偵小説全集 第2篇 森下雨村集。表題作の他「黄龍鬼」、「魔の棲む家」、「死美人事件」の計4篇を収める。大正・昭和ミステリー界を牽引した雑誌「新青年」の初代編集長でもあった森下雨村は英米物の翻訳の他に創作も残してい…

『密封の鉄函:怪奇小説』 三津木春影

1913年(大2)磯部甲陽堂刊。表題作「密封の鉄函」など4作の短編集。読みだしてからわかったのだが、二つ目の「海賊船の少年」を含め、少年向けの探偵・冒険譚であり、後年の江戸川乱歩の少年向けシリーズと共通する空気感があって懐かしい感じがする。「怪…

『二人探偵吃驚箱』 多田省軒

(ににんたんてい・びっくりばこ)1895年(明28)銀花堂刊。多田省軒は生没年不明だが、明治中期の人気作家の一人で、黎明期の探偵小説を多く書いた。地の文は漢文調だが、会話部分は口語になって、慣れれば簡潔で読みやすい。夜中に隅田川に流された木箱の…

『女優奈々子の審判』 小林宗吉

1939年(昭14)紫文閣刊。小林宗吉(そうきち)は本来劇作家だったが、ほとんど唯一のミステリー短編集を読むことができた。表題作「女優奈々子の審判」は深夜の一軒家で起きた殺人事件で犯人に問われた奈々子の裁判をめぐる攻防。他の2作(「黒表の処女」…

『黒装束:大正奇談』 大原天眠

1913年(大2)春江堂刊。文字通り「竜頭蛇尾」の作品だった。作者大原天眠の名前はこれ一作にしか残っていない。冒頭の東京の奥多摩の山中を迷った若い狩猟家と鄙には稀な謎の美女との出会いなどは伝奇的な香気があった。女は潜伏中の強盗団の一味だった。明…

『かくれ蓑:前代未聞』 池 雪蕾

1906年(明39)春陽堂刊。前後2巻。池雪蕾(いけ・せつらい)訳。原作者は英国の小説家ウィリアム・ル・キュー (William Le Queux, 1864-1927)、 父親がフランス人だった。出版当時はなぜか「ラ・キューズ」と表記された。原題は「仮面」(マスク Mask)ロ…

『風流医者:探偵小説』 哀狂坊

1893年(明26)春陽堂刊。探偵小説第9集。これも尾崎紅葉の硯友社に版元の春陽堂が持ち込んだ企画、つまり第一線の文筆家に匿名で探偵小説を書いてもらうシリーズの一つだった。作者哀狂坊の名前もこれ1冊だけで、本当は誰なのかは不明のままとなった。文…

『短銃』 半井桃水(桃水痴史)

(ぴすとる)1896年(明29)金桜堂刊。妻子を置き去りにして蒸発した男・横瀬は7年後に金持ちになって米国から帰ってきた。妻の実家を訪ねると年老いた義父と自分の息子だけがいて、妻は死んでいた。彼は弁護士の友人と東京に行き、ある実業家の邸宅を訪ね…

『活人形:探偵小説』 泉鏡花(白水郎)

1893年(明26)春陽堂刊。探偵小説第11集。明治の文豪が書いた探偵小説ということで目を通すことにした。言い尽くされた感想になるだろうが、読書記録なので・・・ この発表当時、鏡花は19歳だった。2年前に尾崎紅葉に弟子入りして後、この年から処女作を…

『怪談檮衣声』 香川倫三(宝州)

1889年(明22)駸々堂刊。作者の香川宝州は生没年など不詳。別に遠塵舎とも号した講談師だったが、これは口演の速記本ではなく、自前で書き下ろした作品ということになる。題名の「檮衣声」(とおきぬた)は唐の詩人李白の「子夜呉歌」にある《萬戸檮衣声》…

『三人探偵』 丸亭素人

1893年(明26)今古堂刊。前後2巻。原作は明記されていないが、フランスの新聞小説(フィユトン)作家、おそらくボアゴベかガボリオと思われる。パリを舞台とした探偵・追跡劇だが、丸亭素人(まるてい・そじん)も涙香と同様に、人物や地名を和風に置き換…

『毒美人:探偵小説』 多田省軒

1896年(明29)盛花堂刊。明治中期(1890年前後)は探偵小説の黎明期だった。多田省軒(せいけん)は黒岩涙香とほぼ同時期の作家だが、生没年や略歴などの情報は皆無に近い。しかし残された作品数は多く、当時は人気があったと思われる。文体は漢文調が基本…

『空屋の美人』 松林伯知

1894年(明27)三友舎刊。講談速記本。演者の松林伯知(しょうりん・はくち)は松林派の高弟で、伯円に続き非常に多くの講談本を出した。明治中期頃の最初の探偵小説ブームでは近代的な題材の探偵講談も行われ、講談師自身が創作したものもある。これはその…

『怪美人 伊藤夏子:探偵奇談』 山崎琴書

1909年(明42)島之内同盟館刊。この版元は大阪で講談本を主として刊行していた。山崎琴書(きんしょ)は講談師で、当世風の探偵講談も数多く手掛けた。人名のタイトル(特に女性の)をつけることは明治期には流行していたらしい。容姿端麗、立ち居振る舞い…

『血染の手巾』 中村兵衛

(ちぞめのハンカチ)1909年(明42)樋口隆文館刊。花鳥叢書第1巻。深夜の巡視中にある洋館での殺人事件に駆けつけた大石巡査は、数日後に刑事となる辞令を受けて自ら捜査に取り組むことになった。人力車夫の話から、当夜現場から車に乗った娘が血染めのハン…

『美人と短銃』 松林若円

1898年(明31)駸々堂刊。(びじんとぴすとる)探偵小説叢書28集。明治中期になると探偵小説が人気を集め、各社からシリーズを組んで盛んに出版されるようになった。欧米の推理小説に比べればまだまだ物語としての骨組みが稚拙だが、犯罪の発生から犯人の逮…

『コルクの釦』 三津木春影

1913年(大2)磯部甲陽堂刊。これは英国の推理小説を三津木が翻訳したものだが、当時は原作や作者名を明記しない方が多かった。地名、人名も和風に言い換えている。文体はよく練れており、単純明快で読みやすい。しかしながら特に英国物は謎解きやトリック破…

『長尾拙三:探偵博士』 半井桃水 

1895年(明28)今古堂刊。作者の半井桃水(なからい・とうすい)は樋口一葉の文筆修行を指導した。華族出の主人公、長尾拙三は物好きから警察署勤務に甘んじている。自らが雨の夜の殺人事件に遭遇したことから捜査を開始する。今で言えば「エリート刑事の事…

『悪人手形帳』 松居松葉

1919年(大8)玄文社刊。一言で言えば「仙台の半七捕物帳」。作者の松居松葉(まつい・しょうよう)は本来劇作家だが、洋行して英仏独の語学にも長け、翻訳にも取り組み、小説も書いた。ほぼ同年代の岡本綺堂が同じ劇作家ながら書いた「半七」の成功に刺激を…